第8話すごい奴ら

 

「──ごめんなさい」

「大丈夫? もう少し休んでた方がいいんじゃない?」

「ありがとう。でも、大丈夫だから」


 俺たちがいたのはまだ入り口付近だったこともあり、一旦ダンジョンの外へと逃げてきた俺たち。

 ふらつきながらもなんとか立ち上がって戻ってきた宮野と北原だが、北原は外に出てくるなりすぐにしゃがみ込んでしまった。

 宮野は北原のようにしゃがみ込んでしまうことはなかったが、それでも北原のことを気遣う余裕がないくらいには消耗していた。


 それからは近くの休憩室を借りて休んでいたのだが、二時間ほど経ち、俺たちは少し早いが昼食をとっていた。

 まあ昼食といってもカロリーバーを食べているだけだ。元々ダンジョンの中で食べるつもりだったみたいだし、今は肉やなんかは食いたくないだろうからな。


 そうしてつまらない昼食を終えると、ひとまず会話をすることができる程度には心の整理をつけることができたようで、宮野は謝罪を口にしながら顔をあげた。


「……もう一度『人』を殺せるか?」


 聞かれたくないだろうけど、これは聞いておかないといけない。もしこのまま覚悟ができない状態でもう一度ダンジョンに潜るってんなら止めないといけないし、俺の今後のチーム活動にも関わってくる。


 だがこの様子を見る限りだと……。


「あんたその言い方は──」

「はい。次は問題なく」


 そう言った宮野は真っ直ぐに俺のことを見据えており、その瞳に陰りはなかった。


「…………はぁ、これも才能の差かねぇ。本当、嫌になるよ」


 そんな宮野と……十秒ほどか? 見つめあっていたのだが、視線を逸らしたのは俺だった。


「何よ。立ち直ったのがそんなに嫌なの?」

「あ? 違えよ。俺は最初に犬のモンスターを殺した時に二日は立ち直れなかった。だっつーのにこんな短時間でそんな『目』ができるようになってんだからすげえって言ってんだよ」


 俺が最初にダンジョンに潜る時は、一応ダンジョンについて勉強はしたがこの子達みたいにまともに学校に通ったわけじゃない。

 いやまあ、とりあえず、一応は冒険者育成のための学校に通ったんだが、まともに学んだかと言われると微妙だ。


 それはともかくとして、そんなわけでまともに学んだとは言えない俺は最初のダンジョンに潜るときになんの覚悟もできていなかった。


 組合の紹介で入ったヒロ達とは違うチームで言ったダンジョンで、俺は襲いかかってきた犬型のモンスターを倒した時に吐いてしまった。


 生き物を斬った感触が手に残った。

 殺した相手の瞳が俺を見ていた。

 俺を殺そうとして殺意を向けられた。

 間近に迫ってきたときに敵の息が顔にかかった。


 そう言った諸々による不快感を堪えることができずに、結局その日から二日はまともに生活することができずに部屋に引きこもっていた。


 大人である俺でさえそれだ。

 だと言うのに、俺からすればまだ子供と言ってもいい女の子が、覚悟を決めて前を向いたんだ。『すごい』以外の言葉がない。


「それで、そっちのはどうするんだ?」


 こいつはもう大丈夫だ。後で思い出して泣いたり不快感を感じたりってのはあるかもしれないが、少なくとも〝折れる〟ことはない。


 そう判断して宮野から視線を外すと、今度は宮野の隣にいた北原へと声をかけた。


 だが、俺が声をかけると北原はビクッと怯えるように体を震わせた。


 ……こっちはまだ無理そうだな。

 だが俺はそれを責めることはしない。それは普通の反応だし、そもそも俺だってそうだったのだから何かを言うつもりはない。


「大丈夫。私が守るから」

「そうそう。私たちが柚子を傷つけさせないからさ」


 だが、仕方がないと見切りをつけた俺とは違って、宮野と浅田は北原柚子という少女に笑いかけ、手を伸ばす。


「わ、私は……」


 北原は震える手を伸ばして二人に応え用としたが、その手は途中で止まって再び引っ込められてしまう。


「いいのか?」

「え?」


 気づけば勝手に言葉が出ていた。


 どうしてだ? 俺はこいつらに深く関わる気はなかったはずだ。ダンジョンを失敗したとしても、最低限生きていればそれでいいと思っていた。


 一応俺の『お勤め』のためにダンジョンに潜ってほしかったが、それだって今月分のノルマは終わってるんだから後二週間……最長で一ヶ月はダンジョンに潜らなくてもよかった。北原の心の問題も、その間になんとか片がつけばいいと思っていた。


 だから、俺がこの場で何かを言う必要はない。そのはずだったのに……だというのに俺は、俺自身の意思に反して声をかけていた。


「……お前が立たないと、みんな死ぬぞ? 回復役はダンジョンの攻略において必須だ。それはいくら特級でも変わらない」


 声をかけた理由は自分でもわからないが、それでも声を出してしまった以上は何かを言わないとだよな。


「能力はそいつの性質によって発現するものが変わるって言うが、お前は誰かを助けたいと願ったんじゃないのか? だから仲間を癒す力に目覚めた。ここで蹲ってるようじゃ、お前は誰も助けられずに、大事な友達を見殺しにすることになるぞ。それでいいのか?」

「………………よく、ない」

「そうか。で? どうする? そこで蹲って泣いてるだけでいいのか? 立たなくてもいいのか?」

「違う。わ、私は……私もっ……!」


 北原は唇を噛み締めると、震えていた手を伸ばして二人の手を掴んだ。


「ご、ごめんね。私も、私も役に立つから。みんなを助けるから。だから、大丈夫」


 まだその瞳の奥には怯えが見える。だが、それは一般人としては当然で、それでも諦めないのだと立ち上がったことは『すごい』ことだ。


「お前は……まあいいか」

「何よ」

「何でもねえよ」


 唯一蹲み込んだりしないで友達二人を慰めたり気を使っていた浅田に視線を向けたが、こいつには俺から言うことなんて何もない。

 こいつの場合は俺が聞くよりも、後で仲間と話をした方がいいだろ。今んところは耐えられるみたいだしな。


 ……しかしまあ、どいつもこいつも『すごい奴』で困るな。ただの階級だけじゃない。それぞれがそれぞれのすごいところを持ってる。


 宮野と北原、立ち直った二人だけじゃない、浅田もそうだ。

 怖がっていても友達のために耐えられるってこと自体、『すごい』ことだ。


 北原なんかはこの場の雰囲気に流されているだけかもしれないが、そもそも立ち上がることのできる強さを持っていない奴は流されても立ち上がることなんてできない。


 だから立ち上がることのできたそれはすごいことなんだが……はあ。


 これが才能って奴だ。持ってる奴はなんでも持ってる。これじゃあ、俺のしょぼさを見せつけられてるみたいだな。

 まあ、今更言ったところでどうにかなるわけでもないし、もう五年近くやってきたんだ。仕方がないと割り切るしかない。


「で、どうする? 退くか進むか……」

「進みましょう」


 宮野の言葉に他の二人も頷き、俺たちはもう一度ダンジョンの中に入っていくことになった。

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