第7話初めてのダンジョン。初めての——
「…………それじゃあ、行くわ」
そして一時間ほどバスに乗っていると目的の場所へとついた俺たちは、ゲートの前に建っていた管理所で手続きをし、目的のゲートの前に立っていた。
「りょーかい」
「は、はいっ」
「了解」
そうして少女達学生メンバーは初めての、俺は何度目になるかわからないが、とりあえず今日二回目のダンジョンへと潜って行った。
「ここがダンジョン……」
「……思ってたよりも普通ね。まあ、普通の洞窟も見たことなんてないけど」
「く、暗いですね……」
ゲートをこえてダンジョンの中へと入ると、そこは先ほどまでいた空間とはまるっきり別物へと変わっていた。
空気はジメッとしており、周りを囲われているから音が響く。そして何よりも、暗い。俺が予め持っていたライトがなかったら真っ暗で何も見えなかっただろう。
ダンジョンとは、ダンジョンに入る前から覚悟を決めて準備をしなくてはならないのだが、この辺りの対処がまだまだなのは、初心者ゆえに仕方がないってところだな。
「柚子、灯りをお願いね」
「う、うん」
後衛である地味系少女の北原に灯りを任せると、宮野は一瞬俺の方を向いてから再び前を向いた。
「……行くわ。気をつけてね」
初心者とは言えここが既に敵地だと言うことは理解しているのか、それとも緊張からうまく話せないのかはわからないが、宮野はそれまでとは違って声を小さくしてそう言うと、進み出した。
「っ! いたっ!」
そうしててきを警戒しながらゆっくりとした足取りで数分進んでいると、先頭を進んでいた宮野が小さいながらも驚きの声を上げた。
おそらくは敵——ゴブリンを見つけたのだろう。
「どうする?」
「じゃあ——あ。……えっと、伊上さんはどうしますか?」
「ん? ああ、俺は待ってるよ。元々数合わせだし、そっちの動きを見てからじゃないと何もできない。そう合わせればいいのかわからないからな。まあ、適当にそっちに合わせて参加するから、好きに動いてくれ」
「わかりました。——じゃあ、予定通り私が引き付けて佳奈が倒して、柚子は警戒でいきましょう」
宮野の言葉に残りの二人は黙ってうなずくと、緊張した様子でそれぞれの武器を構えた。
そして、宮野がハンドサインで合図を出すと、それに合わせて前衛の二人——宮野と浅田が走り出した。
「さて、お手並み拝見ってか」
俺がそう呟いている間にも二人はゴブリンへと接近し、既に剣が届く距離まで近づいていた。ゴブリン側からすれば突然現れたように感じたことだろう。
暗い中でもあれだけの速さで動けるのはさすが一級と特級って感じだな。
身体能力は俺みたいな三級とは比べ物にならないか。
とは言っても俺の適性は魔法系なので、前衛と比べるのは間違っている。だがそれを抜きにして、もし俺が前衛だったとしても、あれだけの動きはできないだろうな。
そもそも俺はここからゴブリンの姿が見えない。いること自体はわかるのだが、直接見ることはできないのだ。
二人が見えているのは夜目が効くからだろうが、そういったところでも性能の差がはっきりとわかる。
これが階級の差、才能の差って奴だ。まったく持って羨ましい。俺も特級とは言わないが、一級の才能があればもう少しまともに冒険者をやっていたかもしれない。
やっぱり才能なんてもんはクソだな。
そうこうしている内に二人はゴブリンの集団を倒した……殺したようで、こっちに合図を出してきた。
今のところは順調か。
まあ、問題があるのはここからだが……さて、どうなるかな? できることならなんの問題もなく終わって欲しいんだが……。
「余裕だったわね」
「これくらいならどうってことないって。あんなおっさんが出てくるまでもないでしょ」
初の戦闘を終えて気が緩んだのか、前衛二人は声を潜めることなく話していた。
「ふ、二人ともお疲れ、さま。怪我とかは──ひっ」
そんな二人に俺と北原は近づいていったのだが、二人の姿がはっきりと見える段階になるとそれまで宮野と浅田を気づかっていた北原が小さく悲鳴を上げた。
「柚子? どうしたの?」
「あ、ああ……それ……」
そして北原は二人へと震える指をさしながら数歩ほどよたよたとおぼつかない足取りで下がると、どさりと地面に座り込んでしまった。
二人は咄嗟に後ろを振り向くが、そこには何も〝いない〟。
だが、何も〝ない〟わけじゃあない。
しかしそのことに宮野と浅田の前衛二人は気づけないでいる。
それ故に、二人は北原が何を見てこんな風になってしまったのかも分からない。
そんな三人を見て俺は、やっぱりか、と思いながらため息を吐き出す。
すると二人は俺のことを見たが、俺はそんな二人に構わずにライトを持って前へと進んでいく。
「だから言っただろ。ゴブリンは『人型』をしてるって。戦ってる時は良くても、こうして落ち着いてあかりで照らしてしまえば人の死体と変わらない。お前らは人を殺したことがあるのかって話だ」
「人を、殺す……?」
「そうだ。ゴブリンはモンスターに分類されるが……まあこれも言ったと思うが子供程度の知能はある。子供であっても知能があり、生き物である以上は、親がいて、兄弟がいて、子供がいて、仲間がいて、生活してるんだ。お前達はそれを殺した。それは人を殺すのとなんら変わらない」
そして持っていたライトで、先ほど宮野と浅田が殺したゴブリンの死体を照らした。
「……ぅあ——」
俺の言った言葉の意味を理解したのだろう。宮野はライトで照らされたゴブリンの死体を見て体を固まらせ、その場に蹲み込んで吐き出してしまった。
そしてそれは宮野だけではなく、後ろで地面に座り込んでいた北原も同じだった。
その光景を見て、俺はもう一度ため息を吐き出したが……まあ、やっぱりこうなったか。
「あ、あんた、何のつもりよ! そんなにあたしたちと行動するのが嫌なの!? こんな風に追い詰めて楽しい!?」
そんなため息を吐き出した俺の態度と先ほどの言葉が気に食わなかったのか、浅田は自身も顔色を悪そうにしていたにもかかわらず、俺の胸ぐらを掴んで大きな声で叫んだ。
それは仲間を思っての行動なのだろうが、もしかしたらその行為は俺へと怒りを向けることで気分の悪さを誤魔化すためのものなのかもしれないな。まあ、どっちでもいいことだが。
「馬鹿言え。どれほど不本意でも、一度受けた以上は仕事はきっちり果たすさ」
「なら何であんな——」
「それが必要なことだからだよ」
そう。これは必要なことだ。
側から見れば単なる悪意をぶつけているようにしか見えないかもしれない。だが、これは今後この少女達が冒険者としてやっていくのに必要なことなのだ。
「このダンジョンは小鬼の穴。つまりはゴブリンの巣だ。出てくるのも当然ゴブリンで、その戦闘中にこんな状態になってみろ——死ぬぞ」
いちいち敵を殺すたびに吐いているようじゃあ話にならない。そんな状態でダンジョンに来ようものなら、自分だけじゃなくて仲間を巻き込んで死ぬことになる。
「辛いのはわかってるさ。だが、最初に自覚しておいてもらわないと、ここにいる全員が死ぬんだよ。だから最初は無理やりにでも自覚させる必要がある。お前達は『生き物を殺したんだ』ってな」
俺の言葉が納得できるものだったからか、俺に掴みかかっている浅田は俺を睨みながらもその手にこめていた力を緩めていた。
「本来なら人型じゃなくてもっと違うところから始めるべきだったんだが……やっぱり止めるべきだったな」
俺はこの子達と深く関わるつもりなんてない。——が、だからと言って女の子が泣いたり吐いたりする姿を積極的に見たいってわけでもない。
むしろ、どちらかと言うと見たくない。見ればこっちも嫌な気分になるのは分かってるんだから。
ダンジョンに入る前に不安に思ったんだから聞いておけばよかった。あの時はあの判断が正しいと思ったのだが、今更になってからそう思った。
……にしても、これからどうすっかなぁ。
さっきの大声を聞いて他奴はいるだろうし、そいつらはまず間違いなくここに来る。
だが、今の状態のこの子達じゃあまともに戦うことはできないだろう。
……仕方がない。ここは一度退がるしかないか。
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