第5章 チビと三人の魔法使い⑤

 ベルは日頃から行っている練習とイメージトレーニングを思い出しながら集中する。目の前の空間にある、魔力の精霊たちのイメージ。そしてそれを動かすための呪文。

 ベルは深呼吸を一つすると、


「いきます! ネーベルネブラ」


 静かに呪文を唱えると、ゆっくりと家の周りの視界に霞がかかってくる。そして数秒間、真っ白な景色が生まれた。

 広い範囲をイメージしながら唱えたベルの呪文に、見事に魔力の精霊たちは答えてくれたのだった。

 霧が晴れていくと、ヴァンじいさんはベルの目の前に立っており、ベルにも拍手を送ってくれる。


「素晴らしい、上出来じゃ! 指輪なしでここまでできれば、三人とも本当に申し分ない!」


 ヴァンじいさんは三人の弟子を見て、満足そうに微笑んでいる。そして三人の頭を一人ずつ撫でると、


「ここで、ワシからの提案なんじゃがな」


 そう言って言葉をかけた。三人の魔法使いは、何事かと目の前のヴァンじいさんを見上げる。


「お主ら、チビを連れて、森の奥の方で魔物退治をしてみんか?」


 思ってもみなかったヴァンじいさんの言葉に、シャルロットは不安そうにし、ヴィンダーは目を輝かせている。


「実践ってヤツだな!」


 ヴィンダーの声に、シャルロットはなお不安そうだ。


「私たち三人なら、きっと出来るわ。それに、チビも一緒なんだもの、魔物なんて怖くないわ!」


 ベルの言葉に不安そうにしていたシャルロットも覚悟を決めたようだ。


「私、みんなを守るために頑張る!」


 こうして、ヴァンじいさんのテストを受けた翌日に、三人はチビと一緒に森の奥へと行くことが決まった。




 翌日、ベルの家に集まった三人はチビを連れて森の奥にある泉へと向かっていた。出かける前にヴァンじいさんから指定された場所だ。


「チビの狩りの練習にもなるからの。三人とも、気合いを入れて頑張ってくるのじゃぞ」


 そう言ってヴァンじいさんは三人の魔法使いたちを送り出してくれたのだった。




 ヴィンダーを先頭にして、どんどんと森の中を進んでいく。すると木々の隙間から開けた場所が見えてきた。ヴィンダーがその場所がよく見える場所でしゃがんだ。


「どうしたのよ? ヴィンダー」


 シャルロットの疑問にヴィンダーは口の前に人差し指を立てる。黙れ、と言いたいようだ。


「あそこ、見ろよ」


 ヴィンダーの言葉にベルとシャルロットたちは視線を移した。泉の周りを歩く魔物の姿がある。

 その魔物の顔の部分は魚だ。

 魚の頭部を持っているのに、その魚からは長い足が伸びていて、その足で悠々と地上を闊歩している。


「何アレ。気持ち悪い」


 シャルロットは心底そう思っているのか、口に手を当ててそう呟いた。シャルロットは生まれて初めて本物の魔物を目にしたことになる。


「村の外にはあぁ言うのがうようよいるんだぜ? 慣れていかないとな、シャルロット」


 ヴィンダーの言葉に、シャルロットは口を押さえていた手を下ろすと、頷いた。


「ベル、チビ、行けるか?」


 ヴィンダーの言葉に、ベルは静かに頷いた。チビも小さな声でくぅ、と鳴いた。三人の魔法使いたちの間の緊張はピークだ。魚の魔物がこちらに背中を向けた瞬間、


「行くぞ!」


 ヴィンダーのかけ声と共に、三人とチビは茂みの中から飛び出した。


「グリンゲ・デ・ウェントゥス!」


 ヴィンダーが疾風の刃を渾身の力で魚の魔物に向けて放つ。その声に気付いた魔物が振り返った。しかしその瞬間にはもう、ヴィンダーの疾風の刃が魔物を襲う。

 魚の魔物はなすすべなく、ヴィンダーの魔法を正面から受けてしまう。その身体が疾風の刃によって切り刻まれと、


「楽勝だぜ!」


 ヴィンダーがそう言って喜んでいると、




 くあぁー!




 チビが大きな声で一鳴きした。

 三人の魔法使いたちは、何事かとチビを見上げる。チビの視線の先は泉の中央を示していた。

 泉の中には数体の魚影が見える。


「嘘だろ……?」


 ヴィンダーがそれを確認し、驚いた声を上げた。

 魚影は真っ直ぐとベルたちの立っている場所に向かってきている。その早さに棒立ちになっていた三人を叱咤するように、




 くあーっ!




 チビが再び鳴いた。


「に、逃げろ!」


 ヴィンダーの言葉に、三人はちりぢりになる。すると三人がいた場所に水面から飛び出した三体の魚の魔物が姿を現した。

 三体の魔物はそれぞれ、ベル、シャルロット、ヴィンダーを睨み付けているようだった。


「グリンゲ・デ・ウェントゥス!」


 ヴィンダーがしびれを切らして疾風の刃を放つ。しかし先程の不意打ちとは違い、素早い足の動きでその刃を魚の魔物はよけてしまう。


「マジかよ!」


 ヴィンダーの焦ったような声が聞こえてきた。

 ヴィンダーの攻撃を合図にしたように、残りの二体の魔物もベルとシャルロットに向かって突進してくる。

 ベルは咄嗟に、


「ネーベルネブラ!」


 両手を前に突き出して魔物の視界を奪おうとする。しかしその霧はイメージが足らずに濃くはなってくれない。

 うっすらとした霧の中、突進してくる魔物の姿がベルに見えた。その時、




 くかぁー!




 チビが一鳴きし、口から火球を吐き出した。その火球は真っ直ぐにベルへ突進してくる魚の魔物へと当たる。

 不意打ちを食らった魔物の身体がよろめいた。それに気付いたもう一体の魔物が、シャルロットに向けていた足を止める。

 三人の魔法使いたちは自然とチビの元へと集まった。


「また、助けられちゃったわね、チビ」


 ベルがそうチビに声をかけるが、チビは真っ直ぐに魔物の姿を捉えていた。

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