第4章 落ちこぼれからの卒業③
ヴィンダーの怒りを静めるように、ヴァンじいさんが優しくなだめる。
ヴァンじいさんにはヴィンダーの優しい心が伝わったようだった。それはもちろん、ベルの傍にいるチビにも伝わっている。
チビは会話の最中黙って聞き耳を立てていたのだ。
そして昨日。
この家の近くの森に魔物が出没した。チビがそれをいち早く察して、駆けつけたのだった。
「で、チビは返り討ちにあったのか?」
ヴィンダーの言葉を聞いたチビがヴィンダーに顔を近づけ、そして彼の裾を噛んだ。どうやらチビは怒っているらしい。
「ちょっ、チビ! やめろって! 悪かったって!」
ヴィンダーはチビの頭を押さえながら抵抗する。チビはしばらく裾を噛んでいたが、
「チビ、もうやめてあげて」
ベルの言葉にすっとヴィンダーから顔を離した。
「こいつ、俺たちの言葉が分かるんだな」
ヴィンダーは驚いたように口を開いた。ベルはうん、と頷く。
「龍とは、賢い生き物じゃからな」
ヴァンじいさんはそんなヴィンダーとチビの様子に笑いながら言葉を挟んだ。
そんな話をしていると、ベルとヴィンダーのお茶もなくなり、茶菓子もなくなっていた。茶菓子のほとんどはヴィンダーの胃の中に収まっている。
「チビが大人の龍になって、西の砦に旅立てる時まで、ここにおいておくことにしたの」
ベルの言葉にヴィンダーはなるほど、と納得していた。
「そういうことなら、俺も協力するぜ!」
ヴィンダーの笑顔の言葉に、ベルは嬉しくなるのだった。
「さてさて。そうと決まれば、早速魔法の練習をしようかの」
ヴァンじいさんは立ち上がると、扉を開けて外へと向かった。ベルとチビ、ヴィンダーもその後に続く。
外に出ると、ヴァンじいさんはベルに見せた時と同じように、ヴィンダーに遠くにある大木を見るように指示した。ヴィンダーがその大木に視線を向けたことを確認すると、ヴァンじいさんは呪文を唱える。
「グリンゲ・デ・ウェントゥス」
ベルの時と同様に、八の字にしたヴァンじいさんの手元から疾風の刃が吹き荒れ、真っ直ぐに大木へと向かっていく。そして大木の表皮をズタズタにしてしまう。
「すっげぇ……」
その威力はベルが放った疾風の刃よりも強く、この威力なら魔物をズタズタにしてしまうのではないかと言うものだった。ヴィンダーはその威力に言葉を失っている。
「ヴィンダーはもう、指輪を卒業しているようじゃの」
実際に疾風の刃を見せたヴァンじいさんがヴィンダーに声をかける。その言葉にヴィンダーは頷いた。
「ならば、まずは呪文を正確に言えるようにならねばの。いいか? ヴィンダー。呪文は『グリンゲ・デ・ウェントゥス』じゃ」
「ぐりん……、え?」
ヴィンダーもベルと同じで、この舌を噛みそうな呪文に苦戦する予感がヴァンじいさんに伝わった。
「呪文が正確に言えるようになれば、おのずと魔力に応じた疾風の刃が出せよう」
ヴァンじいさんはヴィンダーにそう伝える。
「呪文、かぁ……」
ヴィンダーは呪文を覚えることが苦手だった。チビを治した癒やしの呪文も、教科書を何度も見てようやく覚えたものだった。
「でも、やるしかないよな!」
ヴィンダーは気合いを込めて、まずは呪文の練習を始めるのだった。
「さて、ベルや」
ヴァンじいさんは黙ってヴィンダーとヴァンじいさんのやりとりを見ていたベルに声をかけた。
「ベルは、そうじゃな。もう疾風の刃の魔法は使えるようになっておるからな。次の魔法を教えよう」
「次の魔法?」
ベルの疑問の声に、ヴァンじいさんは答える。
「治癒魔法じゃ」
「それなら、ヴィンダーがチビに使ったもの?」
「そうじゃな。まずはそこから練習しようかの」
ベルは実際にヴィンダーがチビへと行っていた治癒魔法を身近に見ていたこともあり、少し自信が持てていた。
「教科書に書いてあるからの。治癒魔法の呪文をしっかり覚えるんじゃよ」
ヴァンじいさんはそう言うと、森の中へと消えていった。どうやらチビのご飯となる動物の肉を捕りに行ったようだ。
残されたベルとヴィンダーは新しい魔法の呪文の練習を行う。チビは二人の様子をじっと見つめているのだった。
それから数日。
ヴィンダーはベルと魔導院の帰宅時に一緒に帰るようになっていた。魔導院でのベルに対する態度も変わり、今まで顔を合わせればベルを馬鹿にしていた態度ではなくなった。そのヴィンダーの変化に驚いている者がいた。シャルロットだ。
シャルロットはある日、魔導院でベルを呼び止めた。
「ねぇ、ベル。ヴィンダー、何かあったのかしら?」
「ヴィンダー?」
ベルはシャルロットの言わんとしていることが分からない。シャルロットは続ける。
「最近、ベルに対する態度が変わったから、何かあったのかなって」
シャルロットにそう言われて、ベルはなんだ、と合点がいく。
「ヴィンダーね、ウチに来て、魔法の練習をしているの」
ベルの言葉にシャルロットが丸い目を更に丸くする。
「ヴィンダーまで、練習をしているの?」
「そうだよ」
シャルロットはベルの言葉が信じられないようだ。
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