第4章 落ちこぼれからの卒業②

 ヴァンじいさんの太い眉毛がぴくりと動いた。そしてベルの方に視線を向けると、ベルの後ろから怖ず怖ずと言った風にヴィンダーが顔を出した。


「おぉ、ヴィンダーや。久しぶりじゃの」

「どうも」


 ヴィンダーの登場にヴァンじいさんは笑顔で彼を迎える。ヴィンダーは少し照れた様子で挨拶をした。


「ねぇ、おじいちゃん。私、疾風の刃の魔法が少し使えるようになったの。それをヴィンダーも見ていたのよ! ねぇ? ヴィンダー?」


 ベルの問いかけにヴィンダーはこくりと頷いた。そして口を開く。


「あの、ヴァンじいさん。俺にも、あの魔法を教えてくれませんか?」

「ほう……? 魔法を使えるようになって、どうするつもりじゃ?」


 ヴァンじいさんの目が細められる。ヴィンダーはその視線に射貫かれるようにして、身を縮こませていた。それでも勇気を持ってヴァンじいさんに答える。


「俺、強くなって、大事な人たちを守りたいんです!」


 ヴィンダーの決意を聞いたヴァンじいさんは細めていた目を緩めると、


「その、大切な人たちの中に、願わくばベルも入っていると嬉しいんじゃがな」


 ヴァンじいさんの言葉を聞いたヴィンダーは顔を俯かせてしまう。

 その様子を見たヴァンじいさんは、ほっほっほ、と笑うと、


「ヴィンダー。お主にも、疾風の刃の魔法を教えてやろう」

「本当にっ?」


 ヴァンじいさんの言葉に顔を上げたヴィンダーの目は輝いていた。そんなヴィンダーの言葉にヴァンじいさんは深く頷くと、


「明日からウチに来なさい。ベルと一緒に練習しよう」

「分かった! ありがとう! ヴァンじいさん!」


 ヴィンダーは笑顔を返すと、薬草の入った籠を持ってベルの家を出て行くのだった。

 ヴィンダーが家に帰ったのを見たヴァンじいさんは、


「ベル、チビ、こちらへおいで」


 そう言って手招きをした。ベルはヴァンじいさんの傍へと行く。


「二人とも、今日は頑張ったな。チビ、ベルを守ってくれてありがとう」


 ヴァンじいさんは大きな手でチビの喉元を撫でる。チビは気持ちよさそうにきゅるっ、きゅるっ、と鳴いた。怪我の様子も、ヴィンダーの治癒魔法のお陰で良くなっているようだ。この様子ならヴァンじいさんが更に魔法を使って癒やす必要はなさそうだった。

 そしてヴァンじいさんはベルに向き直ると、


「疾風の刃を習得できたそうじゃの?」

「まだ、ちゃんとは出来ないの」


 ベルは俯いてしまう。それでもヴァンじいさんはベルを片腕で抱きしめると、


「ベルや。魔力の精霊はな、人の思いに反応してくれるんじゃ」

「魔力の精霊?」


 ベルはヴァンじいさんを見上げながら尋ねた。

 魔法使いたちの魔力の源である、空間の魔力。その正体は目には見えない魔力の精霊なのだと、ヴァンじいさんは教えてくれる。


「魔力の精霊はな、人の気持ちに敏感なんじゃ」


 だから、今回はチビを助けたいと言うベルの気持ちに応えてくれたのだと、ヴァンじいさんは言う。


「こうやって、経験を積むことによって、魔力の精霊が味方になってくれる。そして最後には好きな時に魔法が使えるようになるんじゃよ」


 ヴァンじいさんの言葉を聞いて、ベルは自分に足りなかったものが何なのか、なんとなく分かった気がした。


 ベルは魔力の精霊の存在を無視していた。いや、知らなかったと言う表現が正しいだろう。見ることの出来ない存在だから、その存在をどこかで否定していたのかもしれない。

 しかし今回、魔力の精霊はチビを助けたいと言うベルの気持ちに応えてくれた。

 これからの修行では、この魔力の精霊を意識して行うことが出来そうな気がした。


 翌日の魔導院からの帰り道。

 ベルがいつものように真っ直ぐ家路に就いていると、後ろからベルを追いかけてくる足音が聞こえてきた。ベルが立ち止まって振り返ると、そこにはヴィンダーの姿がある。


「ベル! 待てよ! 今日から俺も、ヴァンじいさんから魔法を教わるんだからな!」


 ヴィンダーはそう言うとベルの横に並んだ。

 二人は一緒に並んで村はずれにあるベルの家へと向かう。家に入るとヴァンじいさんとチビが出迎えてくれた。


「おかえり、ベル。いらっしゃい、ヴィンダー」

「お邪魔、します……」


 ヴィンダーは少し緊張気味だ。ベルは部屋へと鞄を置きに行く。ヴィンダーは部屋の隅へと鞄を置いたようだ。

 ベルが部屋から戻ってくると、何やら賑やかな声が聞こえてきた。


「お前! やめろよ!」


 その声はどうやらヴィンダーのものらしい。ベルが部屋を覗くと、チビがヴィンダーの鞄のにおいを嗅ぐように鼻を近づけていた。


「あ! ベル! こいつ、何なんだっ?」


 ベルの姿を認めたヴィンダーがベルへと言葉を投げる。


「チビ、こっちへおいで」


 ベルがチビに言葉をかけると、チビはおとなしくベルの元へとやってきた。ヴィンダーは鞄の中を整える。


「全く、その白龍はなんなんだよ?」


 ヴィンダーは再び疑問をベルに投げかけた。ベルがどうしたものかと思案していると、


「まぁまぁ、ヴィンダー。まずはお茶でも飲んでゆっくりおし」


 そう言ってヴァンじいさんがお茶と茶菓子をテーブルの上に用意した。ベルがテーブルに着くと、ヴィンダーも渋々といった様子でベルの向かいの席へと座る。チビはと言うと、当然のようにベルの傍にいた。

 二人が席に着いたのを見て、ヴァンじいさんが口を開いた。


「この子はチビと言う名の白龍じゃよ」

「チビ?」


 ヴィンダーの疑問に今度はベルが答えた。

 チビは一度脱皮を終えていること。その前の大きさが小さかったこと。そして、出会った時は酷い怪我をしていたこと。


「何でそんな大怪我したんだ?」


 ヴィンダーのもっともな問いかけに、ベルは悲しくなって目を伏せながら答えた。


「ヴィンダーは、白龍がこの村に必要ない存在だって、知っているんでしょう?」

「まぁ、な」


 それでも突然変異的に生まれてしまう白龍の存在をよく思っていない誰かに、チビは怪我をさせられたのだと思う、とベルは答えた。

 ベルの話を聞いたヴィンダーはふつふつと怒りが込み上げてくるのが分かった。


「なんだよ、それ……」


 静かに呟かれた言葉には、ヴィンダーの怒りの色がにじみ出ていた。


「必要ないからって、大怪我させて、もし死んだりしたらどうするつもりだったんだよ!」

「まぁまぁ、ヴィンダー」

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