第4章 落ちこぼれからの卒業①

 チビが無事に脱皮をしてから数週間が経った。その間もベルは基礎練習と疾風の刃の練習を毎日欠かさず行っていた。傍には当然のようにチビの姿がある。

 ベルはこの数週間で木の葉を切り刻むことが出来るようになっていた。しかしまだヴァンじいさんのように大木の表皮を削る程の威力はなかった。


「何が足りないのかなぁ?」


 ベルの言葉にチビがきゅるっ、と答える。


「チビにも分からないよね」


 ベルはチビの首に抱きついた。しばらくそうしていると突然、チビが駆け出す。


「あ! チビ!」


 ベルは慌ててチビの後を追うのだった。


「チビ! どこっ?」


 チビは森の奥へと行ってしまったようで、ベルはきょろきょろと辺りを見回しながらチビを探す。すると、




 グルァー!




 突然魔物の物と思われる咆吼が聞こえた。ベルはびくっとなりつつも声のした方へと駆けていく。


「チビ!」


 そこにはベルの身長の二倍くらいはあろうかという、巨大な魔物の姿があった。チビはその魔物の腰の辺りから巻き付いている。魔物は醜い豚の顔を苦痛にゆがめながら、チビを振り払おうともがいているが、チビは力を緩めることなくギリギリと魔物を締め付けていく。

 そしてチビがその巨大な魔物の首元に牙を突き立てようとした時だった。ベルは目の端の草むらが動いたのを見逃さなかった。ベルがそこに視線をやると、ベルよりも少し背丈の高い同じ種族と思われる魔物が現れる。


「チビ!」


 ベルは慌ててチビの名を呼んだ。チビがもう一体の魔物に気付いた時には既に体当たりをくらい、チビの身体は草むらの中へと吹っ飛んでしまう。


「チビ!」


 ベルはチビが心配になった。しかし駆け寄ろうにも目の前には巨大な魔物たちが立ちはだかっている。

 ベルは下唇を噛む。


(お願い……!)


 祈るような気持ちを込めて、ベルは両手で八の字を作る。


「グリンゲ・デ・ウェントゥス!」


 ベルはありったけの魔力を魔物たちに叩き付けるように呪文を叫んだ。すると、ベルの作った八の字の両手から疾風の刃が吹き荒れ、魔物たちを襲う。そして、魔物の身体のあちこちに切り傷を作っていく。

 傷つけられた魔物たちは驚いて飛び上がると、森の奥の方へと逃げ出したのだった。それを確認したベルはどっと疲れが全身を襲うのを感じた。その場にへなへなと座り込みそうになる自分の足を叱咤しながら、チビが飛んでいった方へと足を向ける。

 その時だった。


「ベル?」


 突然後ろから声をかけられたベルはゆっくりと振り返った。そこには、


「ヴィンダー……?」

「お前、さっきの魔物、どうやって撃退したんだ? 魔法か?」

「それは、その……」


 ヴィンダーはベルに駆け寄ってくる。ヴィンダーの籠には薬草がいっぱい入っていた。どうやら森まで、薬草採りに来ていたようだ。

 ベルがヴィンダーへの返答に窮していると、


「ベルに出来るんなら、俺にも出来るはずだ! なぁ、さっきの魔法のこと教えろよ!」


 ヴィンダーが詰め寄ってくる。


「教えてくれたら、白い龍のこと、大人たちには黙っててやるからさ!」


 ヴィンダーの『白い龍』と言う単語でベルは弾かれたように草むらへと駆け寄った。


「チビ!」

「あ、おい! ベル!」


 ヴィンダーがベルの後を追いかけてくる。草むらの中にはぐったりとしたチビの姿があった。


「チビ! 大丈夫っ?」

「おい、バカ! 動かすな!」


 ベルのただならぬ気迫に、ヴィンダーがすかさずチビを動かすのを止める。


「頭打ってたら、大変だからな」


 そう言うと、ヴィンダーはチラリとベルの両手にはめてある指輪を見た。


「ベル。お前の指輪を貸せ」

「え?」

「俺の魔力じゃ、まだ治癒魔法を使うには足りないから。だからお前の指輪を貸せ」


 ヴィンダーの言葉にベルは指輪を外すとヴィンダーに渡した。

 ヴィンダーはその指輪をはめると、両手を重ねる。


「リヴェルリヒト」


 ヴィンダーは癒やしの呪文を口にした。するとヴィンダーの手のひらから薄い緑色の魔法が流れ、チビの頭部を中心に癒やしているのが見て分かる。

 しばらくヴィンダーが手をかざしていると、




 きゅる……




「チビ!」


 チビの意識が戻ったようだ。


「これで動かしても大丈夫だろう」

「ありがとう! ヴィンダー!」


 ヴィンダーが指輪を外しながら言うのに、ベルは笑顔を返した。


「別に、たいしたことは、してない」


 ヴィンダーはそっぽを向いて、ただ目の前で龍に死なれたら目覚めが悪くなる、とだけ言った。


 ヴィンダーは知っているだろう。白い龍がドラッヘン村にとって価値がないと言うことを。だから大人たちには黙っていると言ったに違いない。

 それでもヴィンダーはチビを助けてくれた。

 普段はヤンチャでベルをからかってばかりいるヴィンダーだったが、実は優しいことをこの時初めてベルは知ったのだった。


「ねぇ、ヴィンダー。ウチに来ない?」

「ベルの家?」

「うん」


 ベルは先程の『疾風の刃』の魔法についてヴィンダーに話をした。疾風の刃は元々、ヴァンじいさんから教わったものだと言うことを。だから、ヴィンダーもヴァンじいさんに教わるのが良いと言うことを。

 ベルの話を聞いたヴィンダーは目を輝かせている。


「俺にも、出来るかな?」


 ワクワクとした弾んだ声で言うヴィンダーに、ベルは微笑んで頷いた。そこへチビが、きゅるっ、と鳴いて頭をベルとヴィンダーの間へと滑り込ませる。


「お、こいつもう動けるんだな? じゃあ、早速ベルの家に行こうぜ!」


 弾んだ声のヴィンダーと歩けるようになったチビを連れて、ベルは自宅へと戻るのだった。




「ただいま、おじいちゃん」


 ベルが扉を開けると、ヴァンじいさんが笑顔で出迎えてくれた。


「どこへ行っていたんじゃ? ベル」


 ヴァンじいさんの問いかけに、実は、と言って家の近くの森に魔物が出たことをベルは報告した。そしてその魔物を追って、チビが駆けだしてしまったことも報告した。


「そうかそうか。チビはベルを守ってくれたんじゃな」


 笑顔でチビの頭を撫でるヴァンじいさん。


「でもその時、チビが魔物に攻撃されちゃって……。私、治癒魔法が使えなくって。通りすがりのヴィンダーがチビを助けてくれたの」

「ヴィンダーが?」

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