第3章 チビとベル①
チビを拾った翌日。
ベルは魔導院でのレッスンを終えると、普段なら真っ直ぐに家に帰るところを、今日は村の中心にある魔導図書館へと出向いていた。
ベルはそこで龍についての知識を得ようと思ったのだ。魔導図書館の本は分厚く、中身も難しいことがたくさん書いてあったが、ベルは辞書を片手になんとか読んでいく。読めない文字もたくさんあったが、なんとなく龍について知ることができた。
ここでベルが知った龍の知識は、龍が肉食であること。特に魔物の肉を好んで食べているようで、このドラッヘン村が魔物に襲われずに平和でいられるのも、龍たちのお陰だと言うことが分かった。
子供の龍に関しての記述には読めない文字があり、何を食べるのかまでは理解出来なかった。
また、龍は三ヶ月に一度の脱皮を三回繰り返し、大人の龍になることが分かった。
ベルはそこでぱたんと本を閉じると、元の場所へとこの分厚い本を戻した。難しい言葉や文字とかなりの時間睨めっこしていたため、少し疲れている。
ベルは魔導図書館から村はずれにあるヴァンじいさんの自宅へと戻った。するとチビが喉を鳴らして出迎えてくれた。
「ただいま、チビ」
ベルがチビの頭を撫でると、チビは気持ちよさそうに、くるくると喉を鳴らす。ヴァンじいさんの治癒魔法のお陰で、傷は完全に癒えていた。
ベルは早速魔法の自主練習を行う。指輪をはめたまま、指先に火を灯すのだ。チビはその様子を興味深そうに大きな丸い目をベルに向けてきた。
「この火が気になるの?」
ベルの問いかけにチビは、くるっ、と小さく鳴いた。
「これはね、私がおじいちゃんみたいな立派な魔法使いになるための修行なの」
ベルはチビに説明をした。
「私、まだまだ魔法使いにはなれないけれど、いつかきっと、おじいちゃんみたいな立派な魔法使いになって、世界を旅したいんだ」
チビはベルの話をじっと聞いている。
「でも、まだ指輪が外せなくって。このままじゃ、夢のまた夢だよ」
ベルがそう言ってチビに笑うと、チビはベルの胸に頭をこすりつけてくる。どうやらベルを慰めているようだ。
「慰めてくれるの? ありがとう、チビ」
ベルは火を灯していない方の手で、チビの頭を優しく撫でた。
「そうだ、チビ。お腹減ってない?」
ベルの問いかけにチビが頭を上げてじっとベルを見つめる。ベルはその様子から、自分のおやつに用意されていたミルクを皿の上に注ぐと、
「チビのこと、調べようと思ったんだけど、文字が難しくて何を食べるのか分からなかったの。もし大丈夫だったら、このミルクをあげるね」
そう言ってミルクの入った皿をチビの前に置く。チビはくんくんとその香りを嗅ぐと、ペロペロとミルクを舐めだした。
どうやらミルクは飲めるようだ。
ベルはチビのその様子を微笑ましく眺めている。指先の火は灯ったままだった。
しばらくチビの様子を見ていたベルだったが、思い立ってチビの水を交換するために一度外の井戸へと向かう。桶に水を汲んでから戻る間も、指先の火は灯ったままだ。
そうしてチビの水を交換し終えた時だった。
「ただいま」
珍しく外出していたヴァンじいさんが帰ってきた。
「おかえりなさい、おじいちゃん。どこへ行っていたの?」
ベルの問いかけにヴァンじいさんは手に持っていた動物の肉をベルに見せた。
「こいつを、捕ってきたんじゃ」
「うわぁ!」
ベルはその動物の肉に目を輝かせた。
「これは、チビのご飯?」
ベルの問いかけにヴァンじいさんはうむ、と頷く。そしてふとベルの指先に目をやった。
そこには灯り続けているベルの火があった。
ヴァンじいさんはふむ、と少し考える様子を見せると、
「ベルや。ずっと火を灯し続けていたのかい?」
ヴァンじいさんの言葉にベルは自分がずっと無意識に火を灯し続けていたことに気付いた。
「あ、うん」
ベルの返事を聞いたヴァンじいさんは何事かを考えるそぶりを見せると、
「ベルや。ちょっと指輪を外してからやってみてはどうじゃ?」
「え?」
ヴァンじいさんの言葉にベルは目を白黒させてから、指先の火を消すと指輪を片方外した。そしてもう一度、指輪を付けていた時と同じ要領で指先に火を灯す。
パチン!
ぼっ!
指を鳴らす。
すると一瞬だけではあったが指先に火が灯った。
「おじいちゃん、見た? 今、私できたよ!」
「うん、うん」
ベルがヴァンじいさんを振り返り言うと、ヴァンじいさんも嬉しそうに頷いていた。
「これからは、片方の指輪なしで、指先に火を灯す練習を続けると良い」
ヴァンじいさんの優しい笑顔に、ベルも嬉しくなった。着実に、一歩ずつ、ベルは自分の成長を実感できたのだった。
それからの生活はベルにとって満ち足りたものになっていた。
魔導院から帰るとベルはチビにミルクを与え、水の交換をする。その間、ヴァンじいさんはチビが食べる動物の肉を獲りに行っている。
ベルは留守番をしている間、片方の指輪を外して、その指に火を灯す練習を繰り返していた。少しずつではあったが、着実に火は点くようになっている。
もちろんベルは、魔導院へと通う時はずっと魔力を安定させるためのこの指輪を両手にはめて通っていた。
「落ちこぼれのベル!」
相変わらずヴィンダーはベルを見るとそう言ってからかってくる。しかしベルは自分が少しずつでも成長できていることを実感できていたので、以前のように俯くことが少なくなった。少しずつ堂々とした態度で魔導院に通うことが出来ている。
「ねぇ、ベル。今日レッスンのあとに花冠を作って遊ぼうってみんなで話しているの。良かったらベルも一緒にどう?」
シャルロットが遊びに誘ってくれる。
「ごめんね、シャルロット。今日も私、早く帰りたいって思っているの」
「また、魔法の練習?」
シャルロットはベルが魔法の練習を家でこっそりしていることを知っていた。そのため極力ベルを遊びに誘うことはしなかったのだが、
「あまり、ずっとやっていても自分を追い詰めるかなって思ったから誘ったのに」
少し頬を膨らませて言うシャルロットの気遣いが嬉しくて、ベルは笑顔を返す。
「最近は調子がいいの。見て、シャルロット」
ベルはそう言うと、片方の指輪を外してから指先に火を灯す。それを見たシャルロットが目を丸くした。
「ね? まだまだ安定させるには時間がかかるんだけど、それでも私、みんなに追いつけるように頑張っているから」
「凄いじゃない! ベル!」
ベルの笑顔と基本的な魔法とは言え、指先の火を見たシャルロットは自分のことのように嬉しくなった。笑顔で答えると、そんなベルの努力を無駄にしてはいけないと思うのだった。
「花冠作りは、また誘うから。だからベル、頑張って!」
シャルロットはそう言うとベルから離れていくのだった。
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