第2章 白い龍
さて、ベルの住むこのドラッヘン村は、龍と深い関係を持っていた。ドラッヘン村の空にはたくさんの龍が飛んでおり、村人たちは龍との共存をはかっている。
龍は三ヶ月に一度脱皮を行う。
ドラッヘン村の村人たちは森へと出て、この脱皮をした龍のウロコを採取していた。
日の光を浴びて虹色に輝く龍のウロコは、このドラッヘン村の名産となっている。この上質な龍のウロコは、商人たちの手により売られ、加工屋にて主に防具に加工されている。
その日もベルは魔導院から真っ直ぐに帰ると、指輪をはめて指先に火を灯し続ける練習を行っていた。当初よりも大分長く火を灯すことが出来るようになっている。
「ベルや。森に薬草を採りに行ってはくれぬかね?」
ベルが指先に集中していると、ヴァンじいさんが声をかけてきた。ベルは指先への集中をやめると、
「分かった! 行ってくるね!」
元気に挨拶をして森へと出かけるのだった。
薬草はこの村に住む者なら誰でも見分けがつく。ベルもドラッヘン村の住人だ。薬草なら簡単に見つけることができた。
今回は魔法の修行を兼ねて、指先に火を灯しながら薬草摘みを行う。火の調子はとても良く、なかなか消える気配はない。
ベルは嬉しくなってどんどんと森の奥へ奥へと進み、薬草を
どれだけ森の中を進んだだろう。少し開けた場所に出たベルは切り株の上に腰を落とし、指先の火を見つめながら休憩をしていた。
すると。
ガサ……!
ベルの居る開けた場所から少し離れたところから物音が響いた。
「え? 何?」
ベルは恐る恐る音のした方へと進んでいく。
「大変!」
ベルは指先の火を消すと、その
「大丈夫だよ!」
ベルは白龍へと駆け寄ろうとする。しかし白龍は鎌首を上げて、ベルを威嚇した。
(こんな時、おじいちゃんみたいに治癒魔法が使えたら……)
ベルは自分の無力さを痛感し、悔やんだ。
このまま放っておいては、この白龍の怪我だと死んでしまうかもしれない。ベルはなんとかして助けたいと思った。
「大丈夫……、大丈夫……」
ベルは白龍へと呟きかける。白龍は動くのもようやくのようだ。
そんな白龍へと、ベルは小さな手を伸ばした。
バグっ!
噛まれた。
しかし子供の牙と白龍の怪我のせいで、それほど深い傷にはなっていない。ベルは噛まれたまま、反対の手を伸ばして白龍を撫でる。
「大丈夫、怖くないよ」
ベルは白龍を撫でながら小さく微笑んだ。しばらくそうしていると、白龍はベルの手から口を外す。
グルグル……
白龍は喉を鳴らすと、気持ちよさそうにベルの手に収まった。
ベルはこの白龍を抱えると、急いで家へと駆け戻った。
「おじいちゃん!」
ベルはヴァンじいさんを呼びながら木造の扉を開いた。
「おぉ、おかえり、ベル。どうしたんじゃ、そんなに慌てて……」
ヴァンじいさんがそう言ってベルを振り返る。そして軽く目を見開いた。
「その子は……?」
「森の中で倒れていたの。おじいちゃん、助けてあげて!」
ベルの必死の
傷が癒えた白龍はすやすやとベルの腕の中で眠っている。
「次はベル。お前の番じゃ」
「私の怪我はたいしたことないよ?」
「バイキンが入ってからじゃ遅いからな。ほれ、手をお出し」
ヴァンじいさんはベルの白龍から噛まれた傷も治癒魔法で治してくれる。
傷を治してくれている間、ベルは不思議に思っていたことを口にした。
「ねぇ、おじいちゃん」
「なんじゃ?」
「この子、全然喋らなかったの。龍は人の言葉を喋れるんでしょ?」
そう。
通常の龍は人語を解し、そして話すことが出来る。
しかしベルが見つけた白龍は一切言葉を発することはなかった。龍と共に生活するベルだったが、間近で生きた龍を見たのはこれが初めてだったため、ずっと疑問に思っていたのだ。
「ベルや。人の言葉を話せる龍は、緑色の龍だけなのじゃよ」
「え?」
ヴァンじいさんの言葉にベルは驚いている。
「じゃあ、この子は喋らないの?」
「白い龍はな、喋られないのじゃ」
「私の言葉も、分からないの?」
不安そうなベルの問いかけに、ヴァンじいさんは安心させるように微笑むと、
「それは大丈夫じゃ。龍はとても賢い生き物だからな」
ヴァンじいさんの言葉を受けたベルはほっとする。胸の中で健やかな寝息を立てる白龍を撫でながら、
「この子、どうしてあんな大怪我をしたのかなぁ?」
「大方、心ない人間に襲われたのだろう」
ドラッヘン村の名産となる龍のウロコは、先程のヴァンじいさんの話にも出てきた緑色の龍のウロコのみになる。
緑色の龍のウロコは日の光を受けると虹色に美しく輝き出すのだ。
しかし白龍のウロコは違う。
脱皮後の白龍のウロコは白く濁っており、日の光を受けても虹色に輝くことはない。これでは商品価値がないも同然なのだ。
「だから、この子をいじめたの?」
「おそらくはな」
ヴァンじいさんの話を聞いたベルは悲しくなった。同じ生き物で、同じ龍なのに、色が違うだけでそんなにも扱いが違うものなのか。
白龍を抱いてしょんぼりしているベルに、ヴァンじいさんは安心させるように言葉をかけた。
「ベル。白龍にはな、この村よりずっと西に、白龍だけのすみかになっている砦があるそうだよ」
「砦?」
「そうじゃ」
大人になった白龍は、その砦へと自然に向かって飛んでいくのだと言う。
「じゃあ、そこではいじめられたりしないのね?」
ベルが笑顔を向けて言うのに、ヴァンじいさんも深く頷いた。
「決めた! 私、この子が立派な大人の龍になるまで、育てる!」
ベルは白龍を抱いたまま宣言した。
「もしまた森に返して怪我したら大変だもの! ねぇ、おじいちゃん。この子を大人になるまで育てても、構わないでしょ?」
ベルの言葉にさすがのヴァンじいさんもどうしたものかと思案顔だ。ベルの優しい心根には共感も出来るが。
「ベルや。龍を育てるのはとても難しいことじゃよ? ペットではないのだから」
「それでもあんな大怪我をまた、させる人が現れたら、私イヤだもの」
ベルの心は変わらない様子だ。
ヴァンじいさんは大きくため息をつくと、
「分かった。ワシもできる限り協力しよう」
そう言うのだった。
「そうと決まったら、こやつに名前を付けてあげなければのう」
ヴァンじいさんの言葉に、ベルはしばらく考えたのち、
「やっぱり、まだ小さいからチビって名前にしようかな……」
「チビか。チビや、それで良いか?」
ヴァンじいさんにチビと呼ばれた白龍は、いつの間にか目を覚ましており、ベルとヴァンじいさんの会話に聞き耳を立てていたようだ。
ヴァンじいさんの問いかけに、チビは、くるる、と喉を鳴らした。
こうして、白龍の名前はチビに決まり、ベルはヴァンじいさんとチビとの新しい生活を始めるのだった。
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