二話 初めて空を飛んだ日

 死んで。

 女神さまに出会って。

 転生した。



 そう、俺は転生した。


 歳の頃は15、6。


 いやあ若いって素晴らしい。


 転生前には目、肩、腰にだいぶキていたこともあってこれは本当に喜ばしい。


 虫歯や慢性と頭に付く病気たちともおさらばだ。


 当然新品の体であって、間違ってもこの世界の住人の魂を消滅させて中古の体を奪ったわけではない。


 そんな恐ろしい事をするぐらいなら転生を断固拒否する。


 ん? 転生……? いや待て……。


 そもそもこれは本当に転生なのか?


 この体は神界で女神さまが新しい体を業者に発注して作らせた。そして、俺の魂をぶちこんでこの世界に送り込むというプロセスを踏んでいる。


 ならば正確には転生ではなく転移なのではなかろうか?


 ……。


 うん、めんどくさいから転生でいいや。


 それはいいから次にいこう。


 次は容姿だ。


 顔は転生前の俺をベースにしているけど、手心加えてもらって、幾分マシになったから人並み程度には見えるハズ。


 世の女性が俺の顔をひと目見ただけで、恋愛の対象からふるい落す事はないと信じたい。


 自慢の白くて大きな翼は二対四枚、加えて翼の機能をあわせ持つしっぽ、つまりは尾翼、それが二本で計三対六枚。


 主翼にあたる背中の翼は広げると優に二枚で5メートルを超え、補助翼である腰の翼は広げると二枚で3メートルを超える。


 尾翼は地に足をつけた状態でギリギリ床をなでない程度の長さだ。


 翼デカっ! 翼多っ! 女神さまやりすぎじゃないかこれ。


 そう訴えたが、謎パワーで飛びたくないならこれぐらいしないと無理ですよ、と言われてしまったからには仕方がない。


 人の体はあまりにも重すぎるんだ。


 プテラノドンだって人類よりずっと軽かった。


 更に他にもスキルなどと呼ばれるものが三つ備わっているんだが、これは空を飛ぶためだけにあるものでたいしたモノじゃあない。


 【有翼飛行】主に翼を支えるための筋力を補う。

 【落下耐性】空から落ちても死なない。

 【風見鶏】 風が見える。


 パッとしない大変地味なスキルだ。


 でもこれだけ空を飛ぶためのスキルがあっても空を飛ぶことはできなかった。


 例えば転生した直後は、空の上から始まるイカした計らいだったのだけれど翼を動かすことができずに墜落。


 【有翼飛行】では、翼を動かす感覚まではカバーできなかった。


 それでも【落下耐性】のおかげで即ミンチは避けられたが致命傷。


 この世界に魔法なんてものがなければ死んでいた。


 他にも【風見鶏】の使い方が分からなくて高度を上げられずに落下したり。


 着地の仕方が分からなくて、やっぱりグチャグチャになったり。


 滝壺に落ちて溺れたり。




 もうね。もう俺お空飛べなくてもいい。


 イモムシみたいに地面に張り付いて生きていく。


 そんな風に考えてふて腐れていた時期もあった。




 だが、それも全ては過去の話。




 転生してから早3ヶ月。


 俺は今、初飛行に成功して空の上にいる。


「ようやく空を飛べた……」


 口もとが緩む。


 風を切ることで翼に感じる浮遊感にはゾクゾクと鳥肌が立つほどの感動を覚える。


 これだ!


 これにこだわらないのなら、わざわざ翼を生やして転生なんぞしなくても、地球で飛行機に乗れば事がすむ話だったんだ。


 求めていた翼で空を飛ぶってのは、この浮遊感を翼でこうして感じることに他ならない。


 そんな翼を羽ばたけば、今度は加速して地上の森が川のように流れていく。


 ふと、視線を離れたところに移せば、巨大な熊の魔物が、木々の間から頭だけを突きだしていた。それが動くだけで、雑草を踏み散らすかのように木が薙ぎ倒されてしまう。


 だが、そんな恐ろしげな光景も空の上ではどこか別の世界の出来事の様に思えた。


「これが空を飛べる者の世界……」


 やっぱり空を飛びたいと願って良かった。




 ──などと人生最大の幸福を感じていたのはそれも5分前までの話で。


「ルガアアアアアア!」


 今はちょっととんでもないヤツに追いかけ回されて人生最大の絶望の最中にある。

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