空を飛ぶしか能がないから空の上で暮らすわ 〜ご主人さまはすごいのです!~

つばさ

一章 まずはウサギ小屋から始めよう

転生 主人公『出飼 翼』

一話 転生

 ある日空から影が落ちてきて俺は死んだ。


「お名前わかりますかー? あなたのお名前は出飼翼いずかいつばささんであっていますかー?」


 けれど意識は無に還さず、なにもないまっしろなところでそのかみに出会った。


 金髪に青い瞳、その身には布一枚を服に見立てたいかにも女神さまといった風体の──。


「あっ、気になっちゃいます? 仕方ないですね。翼さんにだけ特別に教えてあげちゃいます。実はこれカラコンとカツラなんですよ」


 カツラを持ち上げたところには水泳帽の様なネットを被り、その下には黒髪、カラコンを外したところには黒い瞳。


 ──女神さまを偽装する日本人とおぼしき女の子が俺の前にいた。


 何だか舞台裏の楽屋にでも迷い混んだ気分だ。


「ええっと……」


「服の方はギリシャ神話の神さまをイメージしてキトンというものを着ています。たぶん二度とこの服の名前を聞くことはないと思うので忘れて構いません」


 そんなことは聞いてない。


「なんでそんな神さまみたいな格好をしているんですか?」


「ふふっ、それは女神さまだからです! こうでもしないと女神さまだと思ってもらえないんですよ」


 それなら何故カツラとカラコンを外したのか。


「あっ、タメ口聞いて頂いて構いませんよ。私のが年下なので。うふっ、JCですよ翼さん! 嬉しいですね!」


 ちょっと何を言っているのかわからない。


「年下と言っても神さまなんですよね?」


「神さまと言っても翼さんが思っているほど万能ではありませんよ? 例えばそうですね……。翼さんの住んでいた日本という国でもっとも優れた技術って何でしたか?」


「何だろう。潜水艦とかロケットとかですかね」


「そうなんですか。そんな物を作る技術があるなんてすごいですねは」


 なんだって女神さまはこんな事を聞いたんだろう。


 それになにか引っ掛かる言い方だな。


「では、日本人の翼さんはそれを作れますか?」


「まさか。俺一人じゃネジ一本ですら作れませんよ」


「では、なんであれば翼さん一人で作れますか? なんであれば翼さん一人で出来ますか?」


「それは……、俺が作れる物や出来る事なんて……」


 何もない。


 なんだろう俺はニートであった事を責められてるんだろうか。


 年下にそんな質問攻めにされると死にたくなるんだが。


 いや死んでるけども!


「ふふっ、私も同じなんですよ」


「えっ! 女神さまもニートなんですか!?」


「いえ違います、朝は学校に通い、夜は女神をしているのでニートではありません」


 まさかの勤労学生。


 勤労で一度ニートを否定し、学生でもう一度ニートを否定している。


 なんて恐ろしい、この女神さまは肩書きだけで俺を二度も殺せるじゃないか。


 ってだから俺はすでに死んでいるんだわ。


「そうではなく、私が一人で作れる物も一人で出来ることも翼さんのように限られているって事ですよ」


「俺のように? 女神さまはそこまで無能なんですか?」


「そう……、ですね……。無能なんですかね。まあ、ですから、その私ごときに丁寧なことばは使わなくて大丈夫ですから……」


 いかん、なんだか女神さまがものすごく落ち込んでしまった。


「えっとその、生きていればその内良いこともあると思いますよ。いや、あると思うぞ?」


「ちょっとその慰めかたは酷過ぎませんかね? では、翼さんは生きていてどんな良いことがありましたか?」


「……」


「ちょっ、なんで黙るんですか? えっ、まさか良いことなかった? 悲しすぎますよ! ダメじゃないですか生きてても!」


 そうな。


 でも悪いこともそうなかったとは思う。


「神が大それた存在ではないと説明しようとしただけなんですけどね。なんでこんな大惨事になってしまったんですかね」


「何なら出来るのかって質問は、ニートにとってかなり厳しいものがあるから避けた方が良いと思う」


「そうですか。ではあの質問をするのはもうやめますね。私にも厳しいものがありました。いや、なんで私ダメ出しされてるんですかね?」


 知らんがな。


「で、その女神さまはいったい何しに来たんだ?」


 いや、本当に。


 まさか俺と傷口に塩を抉り込みあうために来たわけではあるまい。


「えぇ!? わかりませんか? 本当に? 死んでから女神さまに出会ったら、やることなんて一つですよね?」


「気の済むまで殴りあうとか?」


「なんでそんなバイオレンスな答えに行きつくんですかー! えっ? 殴りたいんですか? 私を?」


「いや、思い付かないから適当に答えだけで意味はないんだが」


「やめてくださいよそう言うの。殴りあう覚悟を決めちゃったじゃないですか」


 いやいやいや、女神さまと本気で殴りあうだなんてとんでもない。


 でも記念に一発殴られてみるのは悪くないかもしれない。


 じっ……。


「なんですかその欲しがりな目は。殴りませんからね」


「そりゃ残念。ところで女神さまはいったい何しに現れたんだ?」


「無限ループ! 話が全く進んでないですよ翼さん!」


 まあ、死んでるし急ぐ理由はないから別に良いのではなかろうか。


「転生ですよ転生。翼さんを異世界に転生させるんです」


「えっ? 転生? 人間は死んでも同じ人生を無限回繰り返すんじゃないのか?」


「神は死んだ! まさかのそっち派でしたか」


「やだ怖い。突然なんの脈絡もなく神は死んだとか何を関係ないことを言ってるんだろうこの女神さま」


「何故か私がイタイ子扱いされてる!? 脈絡も関係もあるんですよう! なんで永劫回帰を知っていて『神は死んだ!』を知らないんですか!」


 知らんがな。


「ともかく、翼さんにはこれから異世界に転生してもらいます」


「絶対に嫌でござる!」


「なんで!?」


「いや、もう俺が社会に溶け込むなんてのは、無理な事なんだと散々思い知らされたんで、二度目があっても辛いだけかなと。それに」


「それに?」


「転生しなければ死んだままだろう? 死ぬってのはずっと寝てられるって事だ。だったら転生するよりそっちの方が良いに決まってる!」


「死に対する考え方がポジティブ過ぎる! そんな事にはなりませんから。異世界に転生しなかったら元居た世界で自動的に転生するだけですよ」


「そんな……。そんなのはあまりにもむご過ぎる!」


 まるで無限地獄じゃないか。


「輪廻転生をむごいだなんていう人初めて見ましたよ。取り合えずそう言うことであれば異世界の方がまだマシですから異世界に転生する方向で話を進めます」


「あっ、その前に一ついいか?」


「まだ話の腰を折り足りないんですかちくしょーめ!」


 畜生て。


「いや、なんで死んだのかぐらいは知りたいんだが」


「うぐっ、急に真面目な話しないでくださいよう。調子狂うじゃないですかー」


「えぇ……」


 いったい女神さまは俺に何を求めているのか。


 話の腰を折るなといったり真面目な話をするなと言ったりと難しいことを言う。


「翼さんが死んだのは──」


「えっ……?」


「──じゃあ、転生についての説明をしますね」


 聞き取れなかったんだが……。


 まあ死んだ理由を知ったところで、転生するのなら意味がないしこだわる必要もないか。


 とまあこんな感じで、この後も延々と話が進まなかった。


 途中で女神さまが朝になったからと学校へ行ったり、今日はもう眠いのでとおうちに帰りますと言いだしたり、なんやかんやとされたのち。


「なんでも思い通りの形で転生させてあげますよ!」


 と言われたので。


「それなら空を飛びたい。自分の翼で風を受けて!」


 そう女神さまに願い、大きな翼と三つのスキルを持って異世界へと転生した。

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