バトル漫画パンツ職人の朝は早い

ゲコさん。

バトル漫画パンツ職人の朝は早い

隔週連載インタビュー「漫画世界の立役者たち」

Vol.47 バトル漫画パンツ職人 長谷川さん

取材・執筆 きなこもち佐竹


 朝四時、新聞配達のバイクの音を目覚まし時計代わりに長谷川芳正(58)さんは目を覚ます。身支度を手早く整えて、仕事場へと向かった。

「最近はスマホとか便利なものがありますが、私みたいな時代遅れの人間はこういうので充分なんですよ。ほら、私の使ってる機織り機だって祖父の代からの物です。」

 そう笑う長谷川さんだが取り扱う素材は最新鋭のものばかり。ファンタジー漫画の世界から取り寄せた、オリハルコンを特殊な技術で加工し綿に練り込んだ糸が最近はメインだという。

「最近は、なろう?って言うんですか?別の世界に自分の世界の文化とか技術とかを持ち込む漫画が多いんでね、こういう特殊加工された素材が物凄く手に入れやすくなったんですよ。昔なんかオリハルコンなんか伝説中の伝説の素材でしたよ。でも今はね、天然物じゃなくて人工でオリハルコンを量産して色んなものを強化する素材に出来るそうです。」

 カタン、カタン、と規則正しい機織の音が仕事場に響き渡る。

「自動で織るのも出来るんですけどね、でもね、どんなに出来のいい素材でも、一律化して作られたものでも、その素材ひとつひとつに個性がある。その個性と向き合って会話をしながら織る。するとやはり出来が違うんですよね。」

 しばらくすると、窓辺から陽の光が差し込んできた。夜明けだ。

「お日様が出るとね、ひと休み。ね、時代遅れな生活でしょう。」

 そう言って長谷川さんは控えめに微笑んだ。自身の生活を時代遅れと称しながら、昔ながらのこの生活を気に入っているのが良くわかる。

 ここ、「漫画の狭間の世界」において、漫画の世界から素材を輸入・加工し、他の漫画の世界に販売するビジネスは昔から世界規模の一大産業であった。世界中の大企業が商品を大量に作り販売する中、長谷川さんのようにニッチな需要に応える生産・販売を行い、大量生産品と差をつける小規模企業は少なくない。

「うちはね、バトル漫画世界の男性下着だけを、糸からひとつひとつ手作りで生産しています。機織りから切って縫って。オーダーメイドも承って。どんな能力モノのバトルでも、ファンタジー世界の魔法を駆使したバトルでも、破れることなく、シリアスなバトルシーンでお客様の局部を露出することなく、しかし履き心地の良いもの、これをこだわり続けて作り続けています。祖父の代からずっと。」

 長谷川さんのお祖父様の代は、バトル漫画専用の下着というものはなかったそうだ。

「あの頃はバトル漫画のキャラクター達がお互いに紳士協定というかね、暗黙の了解でパンツを破るような攻撃をしないようにしていたんですよ。でもね、火が出たり、刃物で戦ったりしてたら気をつけてもどうしようもないことがあった。そこで、祖父がバトル漫画パンツというものに着目したんです。だからうちの祖父が第一人者なんですよね。前まではただの呉服屋だったそうです。」

 始めは決して楽な道ではなかったそうだ。

「呉服屋仲間から笑われたりしたそうですよ。専門のパンツだから市販のパンツよりどうしても高くなってしまうしねえ。素材も試行錯誤して。」

 しかしお祖父様の読みが当たり、家業をバトル漫画パンツ専門に舵を取り、今も長谷川家はバトル漫画パンツ業界の第一人者として名を馳せている。

「どうしてもね、下着というものは時代と共に変わっていく。ファッションだからね。祖父の代はブリーフ、親父の代はトランクスが多かった。今は黒のボクサーパンツが多いですね。常に丈夫で履き心地の良いパンツ、そしてダサくないものをね、考え続けなきゃいけないんです。僕自身や機織り機は時代遅れでも、完成したパンツだけは最先端でなきゃ。」

 だからといって、流行りのパンツだけでいいかと言うとそうではない。

「時代物はね、褌とか。ファンタジー物だとね、その世界の下着を取り寄せて、モデルにして作ったりね。」

 長谷川さんの会社は、取締役の長谷川さんの他に長谷川さんの奥さん、息子さん、娘さん、あとは数人の従業員で回している。

「私ももちろんデザインや裁縫に携わるんですけどね、仕事の比率としては機織りの方が多いかな。朝私が織った布を妻や子供達が中心で縫ってもらったりね。だから朝早くから機織り。朝皆で集まって、今日の仕事を確認しあって、私は仮眠。起きたら裁縫に回ったりデザインを一緒に考えたり、機織りの続きをしたりね。それの繰り返しです。」

 実は長谷川さん、もう一人息子さんがいるのだが、その息子さんは別の仕事をしているのだとか。

「下の息子はね、数年前にうちからのれん分けして。ギャグ漫画世界のパンツ作ってますよ。」

 長谷川さんのお爺さんのように、息子さんも新しい需要を見出したそうだ。

「なんかね。バトル漫画パンツと違う苦労があるみたいですよ。絶妙なタイミングと衝撃ではじけ飛ばないといけなかったり、あえてダサいデザインで作らないといけなかったりね。まあでも、子供達が皆こうやって、漫画の世界を助ける仕事を理解してくれる。私としてはこんなにうれしいことはないですよ。」

 そんな長谷川さんに、今後の目標を聞いてみた。

「やはり、丈夫さと共に、『タイミングよく壊れる』というのも必要かな、と。どうしてもね、バトル漫画だから負ける事もある。それが火山に落ちたり、爆発して死んでしまうときもね。戦ってる星そのものが消えたりね。そんな時にパンツだけ残ってたら滑稽でしょう。バトル漫画世界の人達はそういう時うちのパンツを見ないようにするのが暗黙の了解みたいですけどね、やっぱりきちんとしたタイミングで持ち主と一緒に消える。それもパンツの忠義っていうと変だけどね、持ち主ときちんと退場するっていうのも大事かなって。とにかく丈夫、から更にもう一歩、ね。」

 最後に筆者は、この仕事のやり甲斐を聞いてみた。

「パンツもね、パンツの下もね、見せるものじゃないでしょ、当たり前だけど。でもね、そんな『当たり前』を守る。どんな過酷な戦いを強いられても。でもトイレとかで脱がなきゃいけない時はきちんと脱げる。戦いの世界って私達の想像を絶するくらい大変な世界だと思う。そんなね、世界の人達が戦いに専念できるよう、不必要な恥ずかしさや不便さを味合わなくて良いよう、その人達の、まあ大袈裟だけどね、人生を陰ながら支えられる事かなあ。お客様が大技出す前に大物をモロリしちゃったら大変ですもんね。」

 そう微笑む長谷川さんは、今日も誰かのプライドと、戦いと、そして局部を守るため、バトル漫画パンツを作り続けている。   了


※次号では「ハーレム漫画温泉湯気職人」を特集することをSNS上で告知しておりましたが、諸事情につき「○○しないと出られない部屋判定士」に変更させて頂きます。楽しみにしていた読者様には大変ご迷惑をお掛け致します。何卒ご容赦下さい。



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