第5話 破綻

 それは、一瞬の出来事だった。

 あの多くの犠牲者を出した戦争から五十年。彼は二~三日に一回、作品を創作するというペースをほぼ守り、我々の欲求も満たされとても満たされた期間だった。

 だが、その日は唐突に訪れた。

 彼は、三百倍に希釈された時間の中で、いつものように起き上がったのを観測されると、この数百年間で一度も無かった行動を始めた。

 外に出ようとしたのだ。

 我々は緊急の会議を開き、有識者たちに意見を求めた。

 議論は議論を呼び、紛糾。我々は一切の結論を出せないままだった。


 彼は、外へ出てしまった。





 その日、俺は気分が良かった。

 なぜかは自分でも分からない。

 ただ、今日なら部屋の外に出れるのではないか。今日なら、体調を崩さずに、外の世界へ出て、やり直すことが出来るのではないか。

 そう思い、ベッドから起き上がると、真っ直ぐに玄関へ向かい、一気に扉を開け放った。


「……は?」


 そこには、一面の空と、真っ白い地平線以外、何もなかった。

 やけに明るく、見渡す限り何もない。以前ネットで見たユウニ塩湖のようだ。

 アパートのほかの部屋は? 向かいにあった一軒家は? 斜向かいにあったコンビには?

 そのどれもが、存在しなかった。

 俺は、恐る恐る白い地面に玄関から足を踏み出す。

 体重をかけようとしたが、どうやらそれは無理なようだ。危うく落ちるところだった。白く見えているだけで、ここには地面が無いようだ。

 頭がおかしくなりそうだ。これは夢か?


 しばらく呆然としていると、俺のすぐ近くへ半透明の何かが近づいてきた。


「地球最後の生き残りよ、聞こえていますか」


 人型のそれは、そう話しかけてきた。

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