第4話 戦争
また、鬱がやってきた。
何の絵も描けない。線が崩れる。
褒めてくれるコメントも、すべてお世辞なんだろう。俺より上手い絵師なんて掃いて捨てるほどいる。どうせ、俺の絵で興奮するヤツなんていないんだ。
何もしていないのに涙が流れ、食事も味がしない。起き上がることさえ出来ない。
もうたくさんだ。
また全ての絵を消し、SNSのアカウントを削除し、涙を流してベッドにうずくまるしかない。
生ごみと、カビの臭いで息苦しかった。
◆
今回の『鬱』は長い。長すぎる。
彼には、彼自身が『鬱』と呼称する期間が存在するようで、この期間になると一切の創作活動を起こさなくなり、破綻的な行動を多数起こすようになる。
この期間は彼の健康状態に特に注意が必要な上、新たな『作品』が製作されないため、我々の社会に与える影響は著しく高い。
しかし、この期間を予想したり制御することはほぼ不可能であることが証明されている。
我々は『鬱』をどうにかコントロールしようとし、多数の干渉実験を行ったが、その全てが失敗した。
我々が新たな刺激を受けずに、もう二十年になる。
唯一の娯楽を失った市民による暴動が各地で勃発し、市民の怒りは最高潮に達している。
市民たちは、新鮮な物語と猥褻を要求し、それを実行できない政府に対して激しい不信感を抱いているのだ。
このままでは、遠からず数億人規模の犠牲者が出てしまうだろう。
どうにかして、彼には描いてもらわねばならない。
数億人、数兆人の市民が待っているのだ。
我々の有識者は、時にはなだめ、ときにはすかし、時には連続して彼へメッセージを「SNS」を通じて送信した。
これは大きな博打であった。
地球の文化に疎い我々の送ったメッセージから、彼が我々の存在に気づいてしまうかもしれない。そこまで行かずとも、違和感を感じてしまうかもしれない。もしかしたら、創作意欲を逆に減衰させてしまうかもしれない。
我々は日夜悩み、苦しみ、それでも彼の創作意欲を何とか刺激し続ける努力をした。
………彼は、我々が苦心して作成したメッセージのほとんどに目を通してないようだった。
◆
なんだか急に創作意欲が湧いてきた。どんどんアイデアが思い浮かぶ。
描いても描いても止まらない。
もしかして俺って宇宙で一番のエロ絵師じゃないか? そんな馬鹿げた妄想すら止まらない。
今日は一日で四枚も描いてしまった。
半年振りぐらいだろうか。
◆
暴動からは始まった戦争は、二億人の犠牲者を出したところで、彼の描いた新たな猥褻絵が公開されたことにより、集結した。
我々は涙を流して喜び合い、お互いに肩を抱きあった。
最高のエロだった。我々は興奮し、歓喜し、この時代に生まれたことを感謝した。
この日のことは、我々の歴史に深く刻みつけられることだろう。
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