第3話 試行錯誤

 カーテンから差し込む光で目を覚ます。

 時刻はもう14時。俺の生活は完全に昼夜逆転してしまっている。

 カーテンは閉め切ったまま電気もつけず、ベッドから手を伸ばしPCの電源をつける。

 ベッドは部屋の中心。そのすぐ近くにPCとモニター、液晶タブレットがあり、飯を食うためのテーブル、ほぼ空っぽの洋服タンスが取り囲む。

 周囲にはゴミや洗濯物が散らかり放題となっており、イヤな臭いを放っている。

 だが、ゴミ捨てや洗濯をする気力はない。

 今の俺には、絵を描くことで精一杯だ。


 昨日、投稿した絵にいくつPVやコメントが付いているか確認する。

 この瞬間が、生きていて一番楽しい瞬間だ。


 ───どうにも最近おかしい。


 曜日や日付の感覚は、引きこもり始めたころからかなり曖昧だったが、最近はもう完全に見失っている。

 今が何曜日なのか、何月なのか、西暦な何年なのか、どうにも曖昧で判然としない。

 もう何十年も、ここに引きこもっている気さえしている。

 見ているテレビやアニメ、SNSの見知らぬ人のつぶやきも、どれもパッと見では分からない違和感を覚える。

 どこかで見たような気がする。

 いわゆるデジャヴというやつだろうか。


 玄関には、宅配やウーバーイーツの業者の人と会わずに済むよう、扉の下部に腕が入るぐらいの穴を開けてある。

 そこから商品を入れてもらえるようにしてあるのだ。

 目を向けると、今日の食事が届けられていた。

 俺はほとんど動かないので、腹が減ることはなく、食事は一日一回だ。

 のそりと立ち上がると、ウーバーイーツの器を持ち上げる。


 ふと、玄関のほうへ目を向ける。

 たまには外に出なければならない。そんなことは分かっている。

 真人間になれ。社会に貢献しろ。どうしてマトモに出来ないんだ。親に恥ずかしくないのか?

 そんな妄想の説教が聞こえてくる。

 けど、外は恐ろしい。


 立ち上がり、玄関の前まで来て、ドアノブに手をかける。

 すると、職場で受けたトラウマが全身を苛み、力が抜けてしまう。

 出ることは出来ない。

 こんな俺に、本当に生きている資格なんてあるのだろうか。


 頭がグチャグチャになり、ウーバーイーツの器を持ったままPCの前に雪崩れ込む。

 お絵描き依頼サイトのマイページを開き、お知らせが来ていないか、丼を食いながら確認。赤い丸が一つ。

 心が高鳴る。

 まだ俺は、この世界から必要とされているようだ。

 俺は、年端も行かない少女が、下劣な男達に強姦される4ページほどの漫画を描き始めた。





 我々は、地球にて確保した原住知的生命体の保護と運用について、宇宙統一制度を制定した。

 彼の保護は我々の文化面における最大の急務であり、絶対に失敗するわけにはいかない重大ミッションである。


 第一条件。彼の安全はあらゆる事態に優先されなければならない。


 彼の生活しているスペースは、第6級の厳戒態勢を敷く。もし許可無くこれに近づくものは、一切の警告なしでの攻撃を許可する。

 もし仮に、彼を独占しようなどというものが現れた場合、速やかに排除する。


 次に、文字数ヒトのこれまでの生活環境を、可能な限り再現し続ける。


 ヒトはどのような思考を経て『作品』を製作しているのか、我々の考え方では不明である。

 下手に彼を刺激し、『作品』が作成されなくなるというのが、最悪のケースだろう。

 彼の見ていたもの、彼の感じていたもの、彼の食べるもの、彼の生活環境。

 これらを全て、彼に気づかれないよう代替えしなければならない。

 人類が滅亡していることを気づかせるなど、もっての外だ。

 もし彼が自殺などしたらどうなるだろうか。想像するだけで恐ろしい。彼に僅かにでも不審に思われてはならない。


 我々の観測範囲にあった、彼のこれまでの環境をAIにディープラーニングさせ、彼が「テレビ」「SNS」と呼ぶものを、なんとか再現する。ほんの僅かにだけ変化をつけ、彼に提供する。

 特に気をつけねばならないのが、彼の絵に対するリアクションだ。

 彼は依頼があれば創作するというルーチンをとっている。他の人類が滅亡した以上、我々が彼に依頼をしなければならない。

 万が一にも不自然さがあってはいけない。


 提案する内容も問題だ。我々は定期的に会議を開き、彼に依頼する内容を決める。

 先だってした依頼は、彼のモチベーションを上げるような内容ではなかったようで、望むクオリティのスケベは得られなかった。

 我々の市民は落胆し、会議を行った政府の支持率は暴落。内閣が総辞職に追い込まれた。


 また、少しでも多くの作品を得るため、時間遅延システム、空間歪曲システムなどの使用を許可する。

 時間は三百倍に希釈され、彼は同じ一年を三百回繰り返す。彼が二十年間創作するとして、通常の六千倍の作品が提供される計算だ。


 あらゆる技術の粋を集め、彼の生活を、気づかれないようサポートするのだ。

 我々が、エロを得るために。


  彼はどうやら、あのスペースの外に出るのを、極端に恐れる傾向にある個体であったようだ。

 これは、我々にとっては非常に好都合だ。

 しかし、もし仮に、彼があのスペースから出ようとした場合はどのように対処すべきか。

 これは難しい問題だ。

 彼に気づかせずに、どう外に出ることを諦めさせるのか。そもそも干渉などして『作品』に影響は無いのか。もし我々の存在が彼に知られた場合、その先の対策は?

 未だに専門家達のなかでも意見統一がされていない。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る