第10話『最終話』
「優子、えらい痩せたな」
何も知らないような表情で言うトシの言葉は芝居がかっていた。
「どうせ、母さんから筒抜けで、私が失恋したの知ってるんでしょ?」
「バレたか」
唇を尖らせて言った私に、トシは笑って返す。
「まぁ、あれだよ。相手の奴が女を見る目無かったってだけの話だ」
「ちょっと、人の好きな人の事を悪く言わないでくれない」
「ゲッ!振られたのに、まだ懲りずに好きなのかよ」
ギロっと睨んだ私の視線から逃げるように、「わりぃわりぃ」とトシは言うとブランコを降りてベンチへ向かって歩いて行った。私も後に続く。
秋の風に冬の香りが混ざり始めていた。
草の中からジジジジジと虫の声が響く。
「血迷ってさ、イチゴタルトが美味しく見えたんだよ。ショートケーキのが上手いに決まってんのにさ」
ベンチに座ったトシが急に話始める。
「イチゴタルト?」
「急にいつもとは違うもん食べたくなる時あんだろ?でもさ、結局ショートケーキが上手いんだよ」
座ったまま足をぶらぶらさせてトシは続けた。
「俺なんて、小さい頃からずーっと飽きずにショートケーキ好きでさ。ショートケーキだったらこの先ずっと死ぬまで食べ続けられるし、毎晩飯がショートケーキだって嬉しいくらいなのによ…。そいつは血迷ってイチゴタルトが良くみえたんだよ。だからさ、優子は無理にそのイチゴタルトと比べてへこんだりすんな」
「でも、大好きな人の好きな物がイチゴタルトだったら、私はその人の好きなイチゴタルトになりたいよ」
私がそう言うと、トシはベンチから立ち上がって大声で叫び出した。
「クッソー!!羨ましいぜー、そいつ。俺はこんなにも昔からショートケーキが好きなのに。ってか、そいつ、ショートケーキもっとしっかりその目で見て見ろよ!!絶対イチゴタルトよりショートケーキのが百倍うめーよ!」
犬の散歩をしていたおじいちゃんが、
「ショートケーキ美味しいもんね」
と静かに笑って、私達の後ろを通り過ぎた。
トシと私は思わず顔を見合わせ、噴き出す。
私は、いつかの、おばちゃんのウンコの話を思い出していた。やっぱり二人はアメーバ親子だ…。
「そうだ、コレ、母ちゃんから預かった。忘れるとこだった」
トシは薄緑色の紙封筒を私に差し出した。“鈴木写真館”と印字されたその封筒には手書きで『永らくのご愛顧誠にありがとうございました』と書いてある。
見覚えのある、おばちゃんの字だ。封筒を開くと、中には2Lサイズの写真が入っていた。
楽しそうに笑う若かりし頃の母さんと、白いセレモニードレスから顔だけ出している小っこい私。そして私達をいかにも愛おしそうに見つめる父さん。自然で、幸せそうで、今にも母さんの笑い声が聞こえてきそうな写真だった。
こんな写真、他のどこで撮れるだろう。
私には、写っている三人の後ろで「ハッケヨイ・ノコッタ」とおどけるおばちゃんも、静かに微笑みながらシャッターを押すおじちゃんも見える。
「トシは…、トシは、これで良いの?」
言ってはいけないと分かっていながら、言葉が口をつく。
数秒間があって、
「錆びれた商店街の写真屋なんて嫁さん来ないだろ?」
とトシは言った。
「一般的には」
小さな声で私は答える。
「じゃあさ、優子的には?」
心の中の気持ちを上手く言葉に出来ない私は指を見つめた。
「冗談、冗談。渡す物も渡したし、そろそろ行こうぜ」
ニカッと笑ったトシはポンっと私の肩を叩いて立ち上がった。
ジジジジジとまた、秋の虫が鳴く。
「ねぇ、トシ、」
「ん?」
いつもの鼻にかかるような優しい声でトシは振り向く。
「いや、何でもない」
「なんだよ、それ」
トシは笑って、両手を挙げて伸びをした。
空は高い。
育った町と商店街が夕陽で赤く染まるのを、私達は二人、丘の上から眺めていた。
《完》
『トシ君はカメラ屋さん』第1話 キュウリ母ちゃん @omusbin0819
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