　その年の秋、私は初潮を迎えた。

しかし、生理になった事を母に言えずにいた。母に報告するのが照れ臭いというのもあったけれど、それだけが理由じゃなかった…。

「ゆうこが結婚するまでは、何が何でもお母さん元気でいなきゃね！」

　それが小さい頃から母の口癖だった。風邪をひいて寝込んでいるような時でさえ「母さん、すぐに治しちゃうからね」と私のおでこを撫でながら微笑んでいた。そう、力強く言う母は熱があっても頼もしかった。

　しかし、私が大きくなるにつれ、その言葉を聞く事は無くなり、代わりに「本当に、あっという間に大きくなってしまうのね」と節目節目で母は言った。その顔はいつもどこか寂しそうで、私は複雑な気持ちになった。

「和子おばちゃん、私、生理になった」

キッチンで食事をしている丸い背中に話かけた。

「あら、ナプキン持ってる？トイレの棚にあるから使ってね」

驚いた様子もなく、いつも通りの、おばちゃんの口調に安心する。母に言えなかった事が、おばちゃんには言えた。

「ナプキンはあるんだけど…」

「お腹が痛いの？」

「母さんに言えてなくて…」

おばちゃんは食器を洗う手を止めて、エプロンで手を拭きながら振り返った。

「あら、どうして？」

「分かんない。分かんないんだけど…」

首を傾げた和子さんが私を見つめる。

「おばちゃんは、ヨウ兄とかトシが大人になっていくのって寂しい？」

「あぁ…」

数秒間があって、和子さんの表情が柔らかく優しくなるのを感じた。そして、私の肩を優しくポンポンと叩くと、

「ゆうちゃん、大丈夫。考え過ぎなくても。どれも特別な事じゃないの」

と明るく言った。

「ほら、大きいウンコ出た時に『今日のはデカかった。スッキリした』って家族に報告するみたいにさ、サラッと言っちゃえば良いのよ」

そう両手を使いジェスチャーで示す物がウンコだと分かって私は思わず、ふきだしそうになる。

「おばちゃん、我が家はウンコの大きさ報告した事なんてないよ。鈴木家では、それが日常なの？」舌を出してウインクするおばちゃんは何故だかとても可愛く見えた。

　その夜。私は母に生理がきた事告げた。

「あ、そうなの。トイレにナプキンあるからね」

母は表情を変える事なくサラッと言った。なんだか拍子抜けして、そして安堵した。

おばちゃんの「どれも特別な事じゃないの」という言葉を私は頭の中で反芻していた。

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