第5話
扉を開けると、予想通り和子さんが立っていた。
「ゆうちゃん、ごめんね。本当に申し訳ない。うちの馬鹿トシが…」
そう、おばちゃんは勢いよく言うと、
「これ、牛スジの煮込み。よかったら食べて」
と、手に持っていたビニール袋を私に差し出した。まだ暖かい。煮込みの熱が陶器とビニールを越えて掌に伝わってくる。
「最近ゆうちゃんがウチに来ないなと思ってトシに聞いてみたの。本当にしょうもないことして…。ゆうちゃん、学校で嫌な思いしてるでしょ?ごめんね」
煮込みの袋を手にした私のこぶしを両手でさすりながら、おばちゃんは何度も私に謝った。
「ゆうちゃんがウチに来る時はトシなんて追い出すからさ、懲りずにまた晩御飯食べに来てね」
おばちゃんの眉は終始下がりっぱなしだ。
「それにしても、いくらゆうちゃんの事が好きだからって、誰かに取られないように予防線をはるなんて卑怯な男だよ。我が子ながら見損なったね」
あんまりおばちゃんがトシの事をボロクソに言うもんだから、私の怒りも少し薄れて、「トシも悪いと思って何回も学校で謝りに来てるの。そろそろ私も怒るのやめにしようと思って…」なんて言ってしまった。
「ゆうちゃん、トシには私からまたキツく言っておくから。本当にごめんね」そう言っておばちゃんは帰って行った。
その後も、しばらくは学校で噂される事は続いたけれど、そのうちに私も気にならなくなった。
久しぶりにトシの家に行くと、トシは地面に付きそうな程頭を下げて謝ってきた。その目は潤んでいるように見えた。おばちゃんはすっごく嬉しそうな顔で「ゆうちゃん来てくれたの!」と言った。
部屋には肉じゃがの甘い香りが広がっていて、その匂いに思わず頬がゆるむ。奥の和室では、ジャガイモを頬張りながら優しく微笑むおじちゃんが「よく来てくれたね」と静かに言って手招きしていた。
「ただいま」
そう私はつぶやいて和室に上がる。「肉じゃが食おうぜ」トシが箸を取りにおばちゃんの元に走って行く背中は久しぶりに嬉しそうだった。
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