第4話

 私達は中学1年生になってた。

入学して間もない5月【黒潮祭】という文化祭兼、体育祭が開催された。そのオープニングイベント。生徒会委員が「次はテレビでお馴染みの“未成年の主張”です」とアナウンスをし、それに反応して会場が「おー!!」という歓声で沸き上がった。

 そういえば、1週間ほど前から、文化祭で“未成年の主張”へ参加する人を募集する旨の放送が給食の時間に流れていた。ちなみに“未成年の主張”とは、当時人気だったテレビ番組の中で、学生達が普段感じている思い思いの事を全校生徒の前で叫ぶという、青春を絵にしたような企画だ。

 

 テレビの人気企画のはずが、いざ実際に目の前でそれが行われると、それはどこか盛り上がりにかけた。やはり真似事は真似事。プロが作るテレビ企画には叶わないのだ。会場の誰もがそう感じていた。

 退屈な主張が1人、2人と続き、3人目にステージに現れたのがトシだった。


 嫌な予感がした。


私達と同じ小学校出身の子達はこれから始まろうとする主張に期待する声が漏れ、「トシ、いいぞー!!」「やってやれ、トシー!」という声援で会場はざわめいた。


 ステージ中央のスタンドマイクに向かって真っすぐ姿勢良く前を見つめるトシを見て、私は背中に変な汗をかくのを感じた。

「僕は小さい頃から今でも、そしてきっとこれからもずっと、1年2組の井上優子の事が大好きです」

 トシの主張は、いきなり私の告白から始まった。クラスメイトの視線が束になって容赦なく私に突き刺さる。そんな事とは知らずにトシは続ける。

「でも、頭の良い僕は、今優子に告白しても勝算が無い事は分かっているので決して負ける試合にはのぞみません」

 トシの言葉を聞いた会場中がとっと笑いで包まれ、「どんな主張だよ」とか「いいぞ、一年。可愛いぞ」と、はやし立てる声が響く。

「優子の理想とする男は、運動神経が良くて、金持ちで、王子様みたいな男なので…」

その言葉を聞いた瞬間、私の心臓はドクンと跳ねた。それはまさしく、幼き日に私がトシに聞かれて答えた初恋の人、マー君を好きな理由だったのだ。

「俺は、いつかそんな男になる事が出来たら、白馬に乗って優子を迎えに行きます。だから、同級生の皆さん。そして先輩方、その日まで優子を取らないで下さい。よろしくお願いします」


 そう言って、トシは深々とマイクの前で一礼した。

体育館中が大きな拍手と笑いで溢れる。

「いいぞ1年!!」

「王子様目指して頑張れー!!」

「優子ちゃん愛されてるー♪」

といった、ガヤが飛び交い、私の頭上に、からかいの声が舞った。

 前の二人の主張と比べ、トシの主張は間違いなく盛り上がった。この企画が大成功になったのはトシのおかげだろう。

しかし、私は穴があったら入りたいどころか、穴を掘り進めてブラジルの学校へ転校したいと心からそう思った。


 それからしばらく、私はトシを避けた。トシの家にも、もちろん行かなかった。トシは私の前に何度も謝りに来たけれど、彼の姿が見えると私は全力で逃げた。トシは周りの誰もが分かる程、元気が無くなった。彼なりに反省していたようだ。

 気の毒に思うかもしれないが、トシの主張のせいで私は散々だったのだ。こんな事なら普通に皆の前で告白されて「NO」とハッキリ言えた方がよっぽど良かった。


 そんな状態が2ヶ月程続いたある日、学校から帰って家にいるとインターホンが鳴った。それも間を空けずに2回。ドアを開けなくても誰が来たのか私にはすぐ分かった。

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