其の五 歴史の清め屋④

 沙夜が恥ずかしさから俯いていると、


「『歴史の清め屋』、良か響きたい」


 謙四郎はそう言うとガハハと豪快に笑った。そして伝票を持って席を立つ。


「あ、おじいさん!」


 沙夜が反射的に呼び止めると、謙四郎は肩越しに振り返り、


「こいで本当のお別れたいね。沙夜さん、後のことは頼みました」


 そう言ってレジへと向かい、店を出て行ってしまった。残された沙夜が呆然としていると、目の前の景色がゆがみ、鏡の付喪神が姿を現した。


「これから、よろしく頼む」


 つき子さんとは反対に短髪の青年は低い声でそう言った。沙夜は青年に向き直ると、


「そう言えば、名前はあるの?」

「特にない」

「迷惑じゃなければ、私が付けてもいいかな?ほら、鏡の付喪神さんだと呼びにくいじゃない?」

「構わない」


 沙夜の提案に鏡の付喪神は短く答えた。沙夜は付喪神の言葉を受けて、鏡、鏡とぶつぶつと呟くと、はっと閃いたように口を開いた。


「かがくん!どうかな?」


 沙夜の問いかけに、かがくんと名付けられた付喪神は顔をそむけて消えてしまった。沙夜が少し肩を落とすと、


「つき子さん、かがくんはダメだったのかなぁ?」

「沙夜らしい名前で良いと思いますよ。きっと彼も、初めて貰った名前に照れただけです」


 にっこりとつき子さんに言われた沙夜は、そっかと少し嬉しい気持ちになりながら店を出るのだった。


 店を出た沙夜はバスで京都駅へと戻っていた。これから東京の会社まで新幹線を使って戻る予定だ。京都駅のバスターミナルに到着した沙夜は1度後ろを振り返る。


(さようなら、京都。また来るね)


 京都で過ごしたのは現代では1日だったが、明治時代では半年暮らしたこの町との別れを、沙夜は不思議と名残惜しいとは感じていなかった。近いうちに必ずまた訪れる気がしていたのだ。

 そうして切符を購入し、東京行きの新幹線へと乗り込む。時間帯的に自由席でも十分に座れた沙夜は、前の座席に付いているテーブルを倒すとそこへカバンから出したノートパソコンを置いた。


 インターネットのブラウザを立ち上げると、検索ワードに『明治天皇』と入力する。ずらりと出てきた検索結果を上から順に流し読みしていく。大体の内容が同じようなプロフィールで書かれている中、明治天皇の人柄のところを沙夜は自然と目で追っていた。

 そこに書かれている内容はどれも、質素倹約に努めた明治天皇の姿だった。その姿に沙夜は、あの夜出会った少年が国民のことを考え、国民の模範となる天皇を目指していたことを知る。また、戦争に日本が突入した際は『兵たちと苦楽を共にする』と言う信念を持っていたことが書いてある。

 次々と出てくる明治天皇のエピソードは、茶目っ気のある、しかし人々に想いを寄せているものが多いように沙夜は感じた。


(国民に寄り添う、厳しくも優しい天皇だったんだろうな)


 一通りの明治天皇の記事に目を通した沙夜はそんなことを思いながら、車窓を眺めるのだった。




 東京に戻ってから数か月が経ったある日。沙夜がいつものように満員電車に揺られて出社すると、編集長からの呼び出しがあった。


「何でしょうか?」


 最近の沙夜は単独での取材も多くなり、今回も何かの取材のために呼び出されたのだと思っていたのだが、


「実はな、関西支社が大阪に出来ることになったんだが、杉本、関西へ行く気はないか?」

「え?」


 予想外の言葉に沙夜の頭がついていかない。


「もちろん、お前1人に行ってもらうわけじゃない。先輩社員も何人か行って貰うんだが、新しい会社だ。若い奴らで盛り上げていって欲しい」


 編集長からの言葉が少しずつ沙夜に染み込んでいき、気付けば沙夜は笑顔で関西支社への異動を了承していた。


 それから1か月は仕事と引っ越しの準備であわただしく過ぎていった。新しい会社まで電車通勤で1時間程はかかるが、沙夜は新居を京都府に決めていた。


「人神が動いた時に動きやすいし、何よりかがくんの地元だもんね、京都はさ!」


 そんな理由で決めた新居への引っ越しも間もなく終わりを迎える。

 沙夜はつき子さんとかがくんを交えた新生活を始めていくのだった。

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こちら歴史の清め屋です。-明治浪漫譚- 彩女莉瑠 @kazuno

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