其の三 明治天皇⑤

 落ち着きを取り戻した沙夜は電源を切っていたノートパソコンを取り出して立ち上げた。まだ充電は十分にありそうだ。外部との通信手段には使えないが、メモを取ることはできる。沙夜はメモ帳を開くとそこに今ある問題点を打ち込んでいく。


「武士の魂を残した天皇支配の日本にすることが、後醍醐天皇の目的なのよね」


 つき子さんは沙夜の様子を黙って見守っている。沙夜は歴史がこのまま後醍醐天皇の言う日本に変わってしまった場合の未来を想像する。


「江戸への遷都が行われない以上、日本の首都は京のままになる、と」


 つまり京が現代の東京のように発展し、今ある古い町並みや文化遺産などは消えてしまう可能性が高い。そうなると千年の歴史を培ってきた人々の想いも消えてしまうことになる。


「そして、江戸には空っぽの江戸城が残るのか」


 4月に無血開城をした江戸城は、その主を失ったままになる。空っぽの江戸城は野盗たちの格好の餌食になるだろう。


「そうすると、現代まで江戸城が残っている可能性は低い、か」


 そこまで考えて沙夜ははたと気付く。江戸時代、政治の中心は江戸だったからこそ九州から東北までの支配が可能だったのではないか、と。


「ねぇ、つき子さん。江戸時代より前の朝廷が政権を握っていた時の東北への力はどれくらいあったの?」


 沙夜の問いかけにつき子さんは何かを思い出すように視線を宙へと投げる。


「沙夜の言う時代が鎌倉時代以前だとすると、朝廷は征夷大将軍せいいたいしょうぐんと言う役職を設け、東北への支配を行っています」

「じゃあ、朝廷の東北支配は完璧だったの?」

「いいえ。たびたび反乱が起こっていますね」


 それを聞いた沙夜は少し考え込む。

 このまま京が首都のままだとしたら、今東北戦争で流れている旧幕府軍と明治新政府軍の血は無駄になるのではないだろうか。


「こうやって冷静に歴史を見直してみると、やっぱり後醍醐天皇の言う歴史には欠陥が多い気がする」


 沙夜は武士の魂が残るどころか、日本と言う国が東西で二分される可能性すら考えられてならなかった。


「つき子さんはどう思う?」

「そうですね。沙夜の考えはあながち飛躍しすぎとも言い切れないかもしれません。確実に言えることは、歴史が大きく変わってしまうということですね」


 国が二分されなかったとしても、政治機関を京に置くことで、東北以北の支配をするのに明治新政府は多大な負担を背負うことになるだろうとつき子さんは言った。


「それが想像できるからこそ、明治新政府は天皇へ江戸遷都の話を持ち掛けているのね」


 沙夜は自分が打ち込んだ直近の歴史が変わった場合の日本を眺めた。そしてやはり、人々の想いや今の戦で戦っている人々の想いを考えた時、後醍醐天皇の思い通りにはさせたくないと思うのだった。

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