其の二 王政復古の大号令⑦

「凄い人だったなぁ……」


 菊が残してくれた言葉を反芻する。自分が菊の立場だったら、きっと許嫁が死んだことを誰かの、何かのせいにして生きていったに違いない。そこには菊のような故人の気持ちは全くなく、ただただ自分の行き場のない悲しみを恨みに変えているだけなのだ。


「武士として死ぬ、か……」


 沙夜は今まで、どう死ぬかはもちろん、どう生きるかすら考えたことはなかった。男女平等をうたう現代社会で育った沙夜は、他の現代人同様に何となく今を生きている。


「でもそれって、与えられた平和があるから出来ていることで……」

「沙夜」


 そこまで考えたところで、空を見上げていた沙夜の視界につき子さんが現れた。


「つき子さん……」

「そろそろ帰りましょう、沙夜。日が暮れてしまいます」


 つき子さんの言葉に沙夜が太陽の位置を確認すると、その日は西へと少しずつ傾き出していた。


「そうだね、つき子さん。帰ろう」


 沙夜はつき子さんに言葉を返すと、神社を出て長い帰路へとつくのだった。




 鳥羽・伏見の戦場跡地を背に、今度は京の町を北上していく。その道中、沙夜はぽつりと言葉を落とした。


「何だか、自分の浅はかさを痛感させられちゃったなぁ……」


 つき子さんはそんな沙夜の言葉に視線だけで、どうしたのかと尋ねる。その視線を受けて、沙夜は小声で話し出した。


「今回来たのはさ、単なる観光気分だったんだよね」


 せっかく明治時代に来たのだ。その時代にしかないものを見てみようと、それこそ物見遊山の感覚で今朝は出発していた。


「でもさ、実際に目の当たりにした京の町はちゃんと息、してたんだ」


 道ですれ違う人々は息をしていて、生きていた。そしてしっかりと歴史の裏側を支えている。


「戦争だって本当にあったことでさ」


 教科書の中だけの出来事だと思っていた。歴史上の出来事はどこか遠くに感じられ、戦争や内戦も遠い昔の、過去のものだと割り切って捨てていた。


「でも確かに、その時代で生きていた人たちがいるんだなって」


 与えられた平和で、便利な現代を生きていくだけだったら気付かなかったかもしれない当たり前のことに、沙夜は今回気付けた気がした。


 身近に死を感じられる時代だからこそ、生きていく心構えが違った。そこから何かを学べるような気がするが、まだその何かが何なのか、沙夜には分からなかった。ただ感じることは、


「ただただ、恥ずかしいなって……」


 歴史に興味が持てず、目を逸らしてきた。つまりそこで生きてきた人たちの考えにも触れることなく避けてきた。今回菊から直接話を聞いて、沙夜はそのことに気付かされた。


「ちょっと考えたら分かりそうな感情に気付かず、私は平和な時代を生きててさ。何だか恥ずかしいなって」

「平和な時代に生まれたことは、恥じることではないですよ」


 沙夜の話を聞き終えたつき子さんがゆっくりと口を開いた。


「平和な時代を築き上げてくれた先人たちの想いを、少しでも汲み取ろうとしている今の沙夜は、恥じることなんてありません」


 優しいつき子さんの声音に、沙夜は素直に頷けずにいた。そんな沙夜につき子さんは言葉を重ねる。


「今は無理でも、いつか歴史に恥じなくて済むようになりますよ、沙夜ならきっと」


 つき子さんの言葉に沙夜は今度は素直に頷く。つき子さんの言うような人間になりたいと、沙夜は心底思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る