第19話「みぞれ鍋」

コンテ

https://www.pixiv.net/artworks/87162604


(擬音・吹き出し外文字)

「セリフ」

{人物モノローグ}

<ナレーション・モノローグ・解説>



・ゆみみ

榎本弓美(えのもとゆみみ)10歳。

忍の同級生。友達友達。少し内気で集団が苦手。

二つ結びにしてる。よく笑う良い子。10歳

アパートに母と兄(19歳ニート)と住んでいる。

元球児の兄の影響でロッテファン。兄を尊敬している。ものを大事にする。

幸薄系。

清潔感あるのに貧乏がにじみ出てしまうが、健気さが勝っている。


・お兄ちゃん

榎本聰(えのもとそう)19歳。

ゆみみの兄。ゆみみをかわいがる。ニート。ダメな人。

元高校球児。180センチ。野球をやめてから激太り。金正恩、与沢翼みたいな。メガネ? ユニクロの衣をまとっている。

大リーガーになると信じていたが、巨人に妥協するもロッテにも指名されず、野球を挫折。

毎日オンタイムで深夜アニメを見て感想ブログを書きながら、インターネットで真実に目覚め、ネットで一儲けしたいと思っている。


・お母さん

榎本真美夏(えのもとまみか)40歳

ゆみみとお兄ちゃんの母。シングルマザーで看護師。

姿が見えない。


●カラー扉


●1

聰「俺は大リーガーになる!」

<聰12歳>

 少年野球チームのユニフォームでバットを振る聰。野球バカっぽい。

ゆみみ「いちろーいちろー」

<弓美3歳>

 グラグラ立ちながら手を叩いて笑っているゆみみ。


聰「プロになるなら巨人以外ありえないぜ!」

<聰15歳>

(ズバーン!)

 中学野球部のユニフォームで投球練習している聰。熱血。丸坊主。

ゆみみ「お兄ちゃんかっこいいー!」

<弓美6歳>

 声援を送っているゆみみ。


聰「どうやら俺はマリーンズから注目されてるらしい」

<聰17歳>

 貫井北高校野球部のスタジャンとバッグを担いで、アパートの玄関から出かけるところ、振り返りつつゆみみに自慢。自信にあふれている。

ゆみみ「すごいねお兄ちゃん!」

<弓美8歳>

 目を輝かせているゆみみ。


聰「お兄ちゃんが甲子園に連れて行ってやるぞ」

<聰18歳>

 甲子園のイメージを背負って、遠くを見つめて拳を握る。

ゆみみ「うん! ファイトだよお兄ちゃん!」

<弓美9歳>

 聰を憧れの目で見ている。


●2

<だけどお兄ちゃんの高校は地方予選の2回戦で負けてしまいました>

 黒コマ。

<それからお兄ちゃんは>

<部屋でインターネットや深夜アニメばかり見てゴロゴロするようになり>

<高校を卒業しても働いていません>

 冬の夜。

 ラーメン二郎風の店の行列に並んでいるゆみみと聰。

 聰は丸々と太り、髪の毛もボサボサ。


■ 

聰「ゆみみ、寒くないか?」

 と寒そうにしているゆみみを気遣う聰。

ゆみみ「うん、おなかすいたよ」

 健気ながら幸薄げな笑み。

聰「そうか。だがこの行列は修行だ」

 と言い聞かせる。

聰「お前には強くなってもらいたいのだ」「そしてロットを乱すような人間にはなってもらいたくない」

 と拳を握りなぜか遠くを見る。

ゆみみ「うん!」

 同じく拳を握る。

<ウチはお父さんがいないので>

<お母さんが病院の夜勤のときは、外食やお弁当が多いです>


●3

 夜、その帰り道。

ゆみみ「うー、やっぱりまだムリだったよ~」

 と気持ち悪そうにおなかをさすりながら歩いている。

聰「お前が食べた残した分を俺が食べたからよかったものの」

聰「残したらギルティだぞ?」

 と、しょうがないなー、というような顔で。どこか満足げ。



ゆみみ「あんなにいっぱい食べられるなんて」「お兄ちゃんはすごいね」

 と尊敬のまなざしで。

聰「そうか?」

 と笑う。

<運動しなくなったのに>

<お兄ちゃんの食べる量は相変わらずすごいです>

聰「母さんは明日も夜勤だから、明日もラーメンだな」


ゆみみ{……お兄ちゃんのラーメンにつきあっていたら豚死ぬ}

 うげ、と聰に見えないように。

ゆみみ「わたし別のがいいなあ」

 とねだるように。

聰「……じゃあ俺が何か作ってやろう」

 ふと思いついたように。

ゆみみ「え、料理できるの?」

 と驚いて。

ゆみみ「インスタントラーメン以外だよっ?」

聰「あ、ああ…」

聰「最近グルメ漫画を読んでいるからできると思う」

 とちょっと焦りながら。

ゆみみ「お兄ちゃんはやっぱりすごいね」

 と素直に尊敬。

聰「まあな!」

 と調子に乗る。


●4

 二人が歩きながら見上げる夜空。

ゆみみ「でもお兄ちゃん昨日お風呂入らなかったでしょ?」

聰「お、今日は23時からの早い時間のアニメがある日だった!」「早く風呂をすませるぞ」

<最近のお兄ちゃんはゲームとかアニメや漫画に詳しくてすごいです>

<アニメやゲームの感想ブログも書いてます>

ゆみみ「最近、あのケータイのゲームやってないの?」「びーってやってどばーってやつ」

 と聰と話すのがうれしくてしょうがないように。

聰「あれはクソ修正が入って」「死ぬほどリセマラやって手に入れたSSRモモンチ※がゴミになったのでやめた」「課金厨のせいで非課金勢がワリを食うのは納得いかん」

 ※知らない。なんかのキャラ名。

ゆみみ「???」

 兄が何を言ってるのかわからない。

ゆみみ「ねえ、お兄ちゃん」「野球はやらないの?」

 遠くを見ながら黙って歩き続ける聰。

聰{……ときに無邪気は人を傷つけるものだ……}

聰「フッ」

 とニヒルぶって笑う。


●5

聰「……野球には見切りをつけた」

 せいいっぱいカッコつけて。

ゆみみ「見切り?」

聰「プロになれなければ何もない」「あんなものをずっとやっていた俺はどうかしていたんだ」

 と吐き捨てるように。

ゆみみ「お母さんもわたしも、応援してたんだけどなー……」

 悲しそう。

聰「かっ、哀しい顔をするなゆみみ」

 狼狽える聰。

聰「昔の俺とは違う」「曖昧な夢みたいな目標を追いかけるのはやめた」

聰「今の俺は自分のゲーム攻略実況動画の再生数のような、目に見える数字を確実に伸ばしていくことに喜びをみいだしているのだ」

聰「俺は……そうだ、人気ブロガーになる」

聰「人気ブロガーに俺はなる!」

 と拳を握る。

ゆみみ{なんで言い直したんだろう?}

 と素朴に見ている。


●6

 アパートの部屋。

 就寝前。

 パジャマに着替えたゆみみが電気を消した自室の扉の中から。

ゆみみ「おやすみー」

聰「おー」

<お兄ちゃんは毎日お昼過ぎに起きてるみたい>

<夜なのに眠くならないなんてお兄ちゃんはやっぱりすごいです>

ゆみみ{………}

 布団に入って天井を見上げるゆみみ。

ゆみみ{でもまた野球やらないのかなあ}

ゆみみ{エースで4番なお兄ちゃんが一番すごいのに……}


●7

 夢。

(キーン)

 聰の鋭いスイングで打球が飛ぶ。

ゆみみ「わーすごい!」

 と立ち上がる。

 スタンドに消えるボール。

ゆみみ「ホームラン!」「甲子園に行けるよ!?」

ゆみみ「お兄ちゃんすごい!」

 朝。目が覚めるゆみみ。フトンから上半身を起こしている。

<何か哀しい夢を見たような気がしました>


●8

 着替えてキッチンに出てくると聰が何かやっている。

ゆみみ「あれ? おはよう」「いつもまだ寝てるのに」

聰「今日の晩御飯を俺が作ると言っただろう?」

聰「あれからネットで料理のことを調べていたらオリジナル料理を思いついて」「お前に食べさせたくて起きていたんだ」

聰「あまり温かくないご飯に軽く砕いたポテトチップスをかけ」

 図解風。

聰「マヨネーズをいやというほどかけて混ぜる」

聰「これが俺のオリジナル料理でい!」

<冒涜的な何か>

 皿に乗ったポテチまぶしライスマヨネーズ和え。

ゆみみ「で、でい……?」

聰「さあ、食べてみろ」

 と勧める。

ゆみみ「う」

 嫌そうな顔で口に入れるゆみみ。


●9

聰「どうだ? うまいか?」

ゆみみ{ひどい……}

 吐き出すのをかろうじてこらえている。

ゆみみ「これ味見した?」

聰「いや、実はこれを作る前に明け方から食パンを使った別の料理を考えていてだな」「その試食をしてたら腹いっぱいになってしまって」

聰「だからちょっと味見する気になれなかった」

ゆみみ「……じゃあ食パン全部食べちゃったの?」

 涙ぐみ、怒りをこらえる。

聰「安心しろ。このオリジナル料理を大量に作っておいた」

■大

ゆみみ「食べ物で遊ぶな!」

 と怒って一喝する。

 飛び上がりそうになる聰。


●10

■大

ゆみみ「お兄ちゃんのブタ!」

 精一杯の罵倒。

聰「……ブ、ブタ?」

 唖然とする。妹に初めて罵られてショック。

ゆみみ「二度と料理のマネなんかしないで!」

 とカバンを持つ。

ゆみみ「いってきます!」

 と出て行く。

聰「……こ、この俺がブタ?」

 茫然と我が手を見る。


 学校。教室の机につっぷしているゆみみ。朝のHR前。

ゆみみ{ひどい事を言ってしまった}

ゆみみ{でも食べ物を粗末にしたお兄ちゃんが悪い}


●11

■大

 放課後。

 グラウンドでロングキスグッドナイトや中津がサッカーをやっているのを眺めている忍とゆみみ。

ゆみみ「男子はサッカーばかりで野球あんまりやらないね」

ゆみみ「忍くんは野球嫌い?」

忍「別に嫌いじゃないけど」

ゆみみ「以前は、男の子はみんな甲子園行きたいんだと思ってたんだけど」「……そうじゃないんだね」

忍「ゆみみちゃんて野球が好きだよね」

ゆみみ「野球が……」

ゆみみ「っていうか……」

ゆみみ「ねえ」

ゆみみ「忍くんて京子ちゃんとケンカしたらどうやって仲直りしているの?」

忍「どうって……」

忍「ウチはだいたいごはん食べてたら機嫌直っちゃうからなー」

ゆみみ「……わたしにも作れる料理ってあるかなあ?」





●12

 忍の家のキッチン。

忍「お鍋は切って煮るだけだからかんたんだよ」

ゆみみ「お鍋って大勢で食べるものかと思ってた」

忍「ウチは二人でも冬はよくやるなー」

忍「今日の鍋のお肉は豚肉」「250gね」

 エプロンをしながら。

 メモをとるゆみみ。

忍「おうちにホットプレートの鍋ってある?」「じゃあ簡単だね」

 うなずくゆみみ。

忍「白菜は半分使います」

忍「まず根元と葉先で大きく半分に切り分けよう」

忍「火が通りにくい根元は、そぎ切りにする」「こうすると断面が広くなって、火が通りやすくなるんだ」

忍「柔らかな葉先はざく切りにする」


●13

忍「大根を半分おろしておこう」

 と鬼おろしを見せる。

ゆみみ「すごい武器みたい」

忍「でしょ」

忍「フライパンで先に白菜の根元を炒めておく」「サラダ油をひいて弱火でじっくりね」

忍「ちょっと水が出てきたらもういいかな」「そしたら鍋に移す」

 とホットプレートの鍋に移す。

忍「炒めた白菜を敷き詰めたら」「その上に一口大に切った豚のバラ肉を火が通りやすいように広げながら、使う分の半分だけのせる」

忍「その次に白菜の葉と大根おろしをそれぞれ半分のせる」

忍「それからさらにその上に残りの豚バラ肉、白菜の葉、大根おろし」「……とミルフィーユ状に重ねていくと上手く蒸し煮になるんだ」

ゆみみ「おもしろーい」



●14

■忍「これで下ごしらえ終わり」

忍「もうできたも同然だよ」

ゆみみ「え、もう終わり?」

 ぽかんとする。

忍「これをフタして加熱して豚肉に火が通ったら、最後にちょっと麺つゆをかけて、ひと煮立ちしたらできあがり」

ゆみみ「お水入れてないよ?」

忍「ふふふ」「白菜と大根おろしの水分だけでできちゃうんだ」

ゆみみ「コゲたりしないの?」

忍「コゲないよ。びっくりするぐらい野菜から水が出てくるから」

ゆみみ「へー」「こんなかんたんでいいのかー」

ゆみみ「白菜とおろした大根、ありがとう」

 とタッパとビニール袋を手に帰っていく。

忍「後はお肉買ってくればすぐできるでしょ」

 と見送る。


●15

■大

 京子が帰ってきて。

京子「いまそこでゆみみちゃん見たよ」

 とコートを脱ぎながら。

忍「ウチに来てたんだ」

忍「みぞれ鍋のやり方教えてたんだよ」

 とテーブルの上のホットプレートのスイッチを入れる。

京子「みぞれ鍋、いーねー!」

忍「すぐ食べられるから」

■大

<みぞれ鍋>

忍「できました」


●16

京子「はふはふっ」

 ご飯茶わんで受けながら食べる。

京子「んっ」「白菜が甘くなってるねー」

忍「豚バラの脂が白菜に絡まってはりついて、肉と野菜が一緒に食べられるから好き」

京子「白菜と豚肉ってそれぞれ味がしっかりしてるから、薄味くらいがいいよねー」

忍「ゆみみちゃん、上手くできたかな?」

京子「鍋のやり方なんて教えるってほどかね?」

忍「料理したことない人は、実は教わるほどのことじゃないってことも知らないんだと思うよ」

京子「自転車乗れないみたいなものか」

忍「その例えはあってるのかなあ?」



●17

 ゆみみの家のダイニングキッチン。

ゆみみ「……本当にできた!」

ゆみみ「あとは麺つゆをちょっと入れて……」

ゆみみ「味付けは薄くしといて、足りなければポン酢で食べればいい、って言ってたっけ……」

ゆみみ「お兄ちゃん」「ごはんだよ」

 と部屋の扉を開けて声をかける。ちょっと機嫌悪い感じ。

 ギクッとする聰。

聰「お前が作ったのか」

 鍋を前にして驚く。

ゆみみ「食べて」

 と自分の分をよそう。

聰「お、おう……」「いただきます」

 と席につく。


●18

聰「……おお」

 食べて感心する。

聰「これ、なんだ?」「ご飯がすすむなー」

 おいしそうに笑う。

ゆみみ「うん」

 ゆみみもおいしさに目を丸くして。

ゆみみ「これ、わたしが作ったんだよ!」

聰「そうだな、作ったお前はすごいな!」

 と改めて驚いてゆみみを指をさす。

ゆみみ「うん」

ゆみみ「……お兄ちゃんはもうごはん作ろうとしないで」

 ちょっとまた機嫌悪い感じに戻って。

聰「う、うん」

聰「ごめん」

聰「ゆみみに嫌われたくないから、もうよすよ」

 申し訳なさそうに。哀れっぽい。


●19

ゆみみ「……わたしもお兄ちゃんにブタとか言ってごめんなさい」

 素直になって。

聰「……おう」

 またちょっとショックで青くなる。

ゆみみ「わたしねー」「わたしはお兄ちゃんの妹をやめられないから、お兄ちゃんのことを嫌いになったりしないよ」

ゆみみ「アニメの話しているお兄ちゃんも」「ゲームの話をしているお兄ちゃんも」「ラーメン食べて太ってるお兄ちゃんも」「働かないでゴロゴロしているお兄ちゃんも」「全部わたしのお兄ちゃんだからね」

ゆみみ「だけど野球をやっているお兄ちゃんが一番好きだな」

聰{……妹よ}{なんて残酷な妹よ}

 心で泣く聰。


●20

聰「その話はよせ」

聰「昨日も言ったが、俺は生まれ変わった」「ブランニューデイな俺は人気ブロガーになるのだ」

ゆみみ「でもお兄ちゃんのブログなんてわたししか見てないじゃん」

 と厳しく。

聰「ぐっ!」

 図星を突かれる。

聰「も、もう一人コメントくれるMEさんて人がいるし!」

 とうろたえながら。

ゆみみ「あれ、お母さんだから」

聰「えマジ!?」

 さらにびっくり。

聰{こないだコメントに下ネタ返しちゃった!}

 と青ざめる。

 もぐもぐ食べているゆみみ。

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