第11話「腹脳」

 1週間がたち、仙術の会。


「先生、脱力の秘伝、意外といいかもしれない。毎晩、寝る時にやってるよ」

 サトコが車椅子に乗りながら仁蔵に言う。

「そうか、それはいい。寝付けない時は俺も脱力を使っているんだ」


「それでね、このあいだ変なことがあったんだ」

「変なこと?」

「そう、変なこと……頭の中で爆発したんだ」

「ん、爆発?」


「昼間、ソファーの上に横になってたら頭の中で拳銃で撃たれたような『バーーン!』って音がしたんだ。外でなった音じゃなくて頭の中なんだよ。頭の中で、しかも左側で鳴ったのまでわかったんだ。なんだろう、これ?また脳卒中なのかな」


「……たぶん、破裂音はれつおんて言われているやつだと思うよ。俺も何回が鳴ったことがあるんだ」

「破裂音? 病気なの……」


「これねー 病気ではないと思うけど、原因が不明で、まだ何なのかはわからないらしい。体験する人は、けっこういるみたいだね」

「健康な人でもなるんだ。あたしは、また脳の中で出血して倒れるのかと思ったよ」


「なんとも言えないけど、俺も何度かなったが何ともないよ。横から突き抜けていったこともあったよ」

「横から?」

「そう横から。左から来て、頭の中で音と光りが出て右に抜けていったよ」

「なにそれ、宇宙人?」


「映画で宇宙人が地球人の脳を調べるのに光線をあびせるのがあったね。あれに近いよ」

「宇宙人があたしの脳を調べているのか……調べるより治せよ」


「まぁ、破裂音とか爆発音とか言われるのは、けっこうあるようだから脳の誤作動じゃないかな? 頭痛のひどい人は光りが見えるらしいね」

「光りが見える?」

「光るらしいよ。脳の光りを感じる部分の緊張じゃないかな」


「あっ、そこで緊張! じゃあ、脳の緊張がとれて音がなるとか?」


「それは、わからないんだ……」

「先生でもわからないんだ」


「俺は、そんなに偉い先生じゃないよ。仙術でも上の人達は信じられないことを言っているよ……」

「えっ、どんなこと? ちょっと聞かせてよ」


「そうだなー、たとえば脱力の技でも、普通は瞑想なんだけど、上の人達は体の中で気を練って体の中を回すって言うんだ」

「気が回る?」

「そう、気を体の中で回すって聞いた」

「先生はできないの?」

「俺は無理、気を練るってのができない」

「どうやって気を練るの」


「体の中には丹田たんでんという気を練る場所がいくつかあって、有名なのが臍下丹田せいかたんでんで、戦前では『臍下丹田に力を入れろ』と学校で教えていたほどなんだ」

「それ、聞いたことあるな……」


「それでね、気を回すことができれば地球とつながる『小周天しょうしゅうてん』や宇宙とつながる『大周天だいしゅうてん』なんてのもあるんだって」

「なんだそりゃ! SFの世界だね」


「どこまで本当かはわからないよ。仙人の話には空を飛んだり魂を入れ換えたりするのもあるからね」

「なんだ、お話の世界か……」


「う〜〜ん、そうだね、本当はまだまだ早いんだけど話のついでに教えると呼吸法は仙術の奥義なんだよ」

「奥義!? 秘伝じゃなかったの」


「さっきも言った臍下丹田、そこに意識を集中させて呼吸をするんだ。そして『腹脳ふくのう』を開発するのが仙術の奥義だ!」

「腹脳?」

「腹には脳があると言われているんだ。昔の人は『頭で考えるな腹で考えろ!』とよく言っていたらしいよ」

「そんな馬鹿な!」


「それが、あながち否定もできないんだ。腸は脳から独立して自分で考え栄養の吸収と排泄をしているらしいし、脳の中にしかないと言われたホルモンが腸でも発見されたんだ」

「へ〜〜っ」


「カマキリの中には頭と腹に脳がある物もいるらしいし、タコは頭に有る脳と八本の腕にもそれぞれ脳があり九つの脳を持つと言われているんだ。あながち腹に脳があるというのも否定できないんだ」

「腹で考えるね……」サトコは内心、そんをなバカなと思いながら聞いている。


「腹で考えるのは無理としても、腹脳を開発するとかんが鋭くなるのは本当みたいだね」

「カン? 女のカンか」


「第6勘て言うやつだね」

「いいね、それ! あたしも欲しいわ。脱力の呼吸で身に付くの?」


「どうだろうね〜、俺に息子がいるんだけど勘蔵かんぞうって言うんだ。本当は『腹脳』って名前にしたかったんだけど、みんなに猛反対されて勘蔵にしたんだ」

「腹脳が名前だと可哀想だよ……カンのいい子なの?」


「どうだろうな? 歳はサトコくんに近いから勘蔵の嫁になるかい?」


「いきなり、結婚かよ。考えておくよ……」

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