第10話「秘伝」

 1週間後……

 仙術の会にやって来たサトコとサトミ。


「今日は秘伝だね。ワクワクするね」サトミが楽しそうに言う。

「あれかな? 仙豆せんずみたいに食べたらすぐに治るのかな?」サトコが言う。


「こんにちは、先生、今日は秘伝だよ!」サトミが仁蔵に近寄る。

「あ~~っ、秘伝ね……」

 あまり、パッとしない感じの仁蔵。

「じゃあ、やってみようか……」

「うん、うん」ワクワクしているサトミ。


「いいかい、サトコくん深呼吸をするんだ。ゆっくり吐いて、ゆっくり吸う。そして吐くときに『脱力』、体の力を抜くんだ」


 深呼吸を続けるサトコ。

「それから……」たずねるサトコ。


「それで終わり……」仁蔵が言う。

「あの……秘伝は?」

 何か良くわからないサトコ。


「息を吐く時に体の力を抜くのがなんだ」

「…………」

 言葉にならないサトコとサトミ。


「体の動きと合わせると分かるかもしれないけど、呼吸と合わせて脱力ができるかできないかで違いがでるんだ」


「なに、それ! ただの深呼吸じゃない!」切れぎみのサトコ。サトミも不満そうだ。


「秘伝ってのは、そんなもんなんだよ……」


「な~~んだ。1週間、すっ~ごい期待してたのに~~」サトコががっかりしている。

「わたしも……」サトミもがっかりだ。


「いや、いや、そんなにがっかりしないでいいよ。体の力を抜くっていうのは簡単なようで実は難しいんだ」

「そう?」

「俺は、病気の原因の多くは緊張にあると思うんだ」


「緊張が病気に?」

「そう、緊張すると体の血管が細くなるんだ、そして血流も悪くなってしまう。それが続くと病気になってしまうと思う」


「なんか、よくわからんなー」


「魚で実験した学者がいてね、水槽に小さな魚と、それを食べる大きな魚を一匹づつ入れたんだ。すると、最初は小さな魚は激しく逃げ回るんだけど、何日かしたら動かなくなってしまったんだ」


「食べられたの?」


「大きな魚にはエサをたっぷりあげていたので小さな魚は食べなかったんだけど、小さな魚は逃げられない水槽の中で四六時中食べられる恐怖で『うつ病』になったらしい」


「魚がうつ病!?」


「学者はそう言っていたね。自然の世界では水槽のような狭い場所に何日も天敵といることはないだろうけどね。人間でも戦争とか死を身近に感じる場所では緊張しまくりだろう? もっとも人間は酒を飲んで緊張をほぐす方法もあるけどね」


「死を感じる緊張?」


「そう、緊張! 仕事をする時は適度の緊張状態がいいんだけど、緊張状態があまり長くなると緊張がとれなくなるんだ。だから緊張をとる脱力の技を覚えるんだね。会社で緊張して家に帰っても緊張する生活だと血流が悪くなって体を壊してしまう」

「リラックスさせると言うこと?」


「そう。リラックス! 動物は敵に襲われたらすぐに逃げられるように緊張はすぐにできるようになっているんだけど、リラックスは難しいんだ。足ツボもリラックスさせる技だし、何かを食べるというのもリラックスさせるんだ」

「食べるのもいいのか……」


「酒を飲んでリラックスさせたり、スポーツや趣味をするのもいい。とにかく昼間は緊張していても夜はリラックスして寝るようにしたほうがいいよ」

「そうなんだ……1日じゅうバリバリ働く人がいいのかと思ってた」

「趣味でも夢中になって寝ないでやる人はリラックスではなく緊張状態だと思うよ」

「お姉ちゃんも寝ないでよく何かやってるよね」サトミが言う。


「あたしは何かやりだすと止まらなくなるのよね。寝なきいけないと思っていても、ついつい本を読んでいたり仕事をしたりしてるわね……最近はゲーム機をもらって休みの前の日は寝ないでよくやっていた」

「そうやって体を休めないでいると、うつ病とか体を壊してしまうよ」

「はははははははははっ……脳卒中になったけどね。もし、小さな魚が脱力の技を覚えたらうつ病にはならなかった?」

「それは、わからないな、どうにもならない状況だから……」


「それで、その小さな魚はどうなったの」


「いゃ、そこで番組は終わってたから」

「なんか、その魚が可愛そう」

 悲しそうなサトコ。普段気が強くて人に毒づくくせに動物などには優しいようだ。猫も拾って飼っている。


「それでは、この脱力を使った技をやってみよう」

 椅子に座り右手を斜め上に上げ弓を射るような格好をしている。


「どうだい、サトコくん。できそうかな?」

「右手を上げるだけだろう、できるんじゃないかな」

 サトコが右手を上げる。


「そう、右手を上げて広げた手を握る時に何かを念じるんだ!!」

「念じる?」

「本当に欲しいものを掴むイメージだね。念じなから手を握る」

「サトコくは何が欲しい」


「優しい旦那様かな?」


「……そのうち、あらわれるよ」

「今のあたしには夢の夢だよ……」

「そうでもないかもしれないよ」

「そうかな?」


「治ると念じながらやれば治るよ」

「…………」


「それでは、首をひねって握った手を見るんだ。これは首をひねることで首の骨の上にある脳下垂体に刺激を与えホルモンを調整するのと首にある副交感神経も調整する。さらに咽にある甲状腺も調整するというお得な技だ」

「ふ〜ん、首をひねるだけで……」


「女の人は甲状腺を悪くしたら、怒りやすくなって、痩せるからね」

「お姉ちゃんの症状にあってる!」すかさずサトミが言う。

 黙り込むサトコ、自分がよく怒るという自覚はあった。


「この時、左手は弓を引くように後ろに引っ張るんだ」

「先生、こう?」サトミもやっている。

「そうだ、上手いぞ」


「サトコくんは左手が動かないから、右手だけだけど、そこから手を開いて内側に捻るんだ」

「内側にねじる、こう?」


「そう、そうだ」


「ねじって腕が動かない所まで手が決まったら一旦息を止める。そして息を吐く時に、ここで『脱力』だ! 技をやった後とか、寝付けない時に脱力をやるのもいいぞ」



 ◐仙術裏話


 私は寝付けない時に、よく脱力をします。息を吐く時に力を抜くだけ、しかし、これがなかなか難しいのです。

 無防備になるのがなんだか怖い。姿勢はなんでもいいのですが、とにかく体の力を抜いて緊張をとります。座禅をすればいいのでしょうが、私は足が硬くて座禅が組めないので横になって寝ながらやってます。吐く息を数えたり、色をイメージしたりするやり方もあります。


 心臓がドキドキして寝れない時は寝たまま腕を上げて頭と腕にいく血液を通りやすくして呼吸を強めにして脱力。

 心臓の動きがおちついたら、ひつじをイメージしながら『シープ』と頭のなかで繰り返し唱えていると寝られるらしいですよ。ヒツジとは言わないそうです。


 

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