第12話「臍下丹田」

 サトコの部屋。


 息を吐きながら体の力を抜いて臍下丹田せいかたんでんに力を入れる……

 小周天なんか本当にあるのかな? 昔のお話、地球と一体化するなんてあるわけないか……

 なにやらブツブツと言いながら呼吸法をするサトコ。


『呼吸のしかたが滅茶苦茶だ』


「えっ、なにか言った?」

 部屋の中にはサトコだけ。時間は昼間である。

「気のせいか、外の音だね」


『脱力の呼吸と練丹れんたんの呼吸は別物じゃ』


「また聞こえた。いたずら? 誰か部屋にスピーカーを取り付けたな!?」


『お前の前にいる』


「誰? そばにいるような気がする」


『わしは、真蔵しんぞう仙人じゃ。お嬢ちゃんの呼吸法の下手さに耐えきれず出て来たのじゃ』


「…………」


仁蔵じんぞう導引どういんは上手じゃが練丹の術は下手なんじゃ。あいつは膝をケガしてるので練丹がうまくできないのじゃ』

 

 声は聞こえるが誰もいない。サトコは考える。これが幻聴というやつか? 薬の副作用だね。とうとう、あたしの頭もいかれてきたか……


『わからんお嬢ちゃんじゃな。よーく見てみろ』

 サトコは目の前をじーっと見ると人のような気もする。

『昼間はあまり見えないんじゃ。カーテンを閉めてみろ」

 サトコは言われるままカーテンを閉める。


「あっ! 見えた。おサムライ様?」

 子犬くらいの大きさで半透明の物が宙に浮いている。


『昔は侍じゃったが、今は仙人じゃ』

 着物を着て長いヒゲのお爺さん。手には弓を持っている。背中に矢も背負っている。


 幻覚か? 幻覚と幻聴……とうとう脳がいかれたのね。本当に仙人がいるみたいだ……


『本物じゃ、まぁ肉体はすでにないので幽霊に近いがな、カッカッカ……』

「幽霊が笑った」

『仙人じゃ! お嬢ちゃんも仙術を習っている端くれじゃろ』


「……その、仙人様があたくしに何かご用でごさいますか?」

『お嬢ちゃんに練丹の術を教えてやろうと思ってな』

「あ・た・し・に……」


『お嬢ちゃん、きんの姿勢を使って小周天を覚えたいと願ったじゃろう』

「いえ、いえ、いえ、あたしはそんなことはしてません」首をふって否定するサトコ。


『こう、右手を上げて手を広げ小周天を覚えたいと願って手をにぎったろ?』

「あっ、それはやった……」

『あれは金の姿勢じゃ。まぁ、一部じゃがな』


「それじゃー、あたしに小周天を授けてくださるのでしょうか?」

『小周天は人からもらうものじゃない。自分で会得するしか道はない。だいたい半身麻痺で出来るわけなかろう』


「そうですか……」ガッカリするサトコ。


『まず練丹を教えてやる。臍下丹田に気を集中させるんだ!』

「臍下丹田!? へそ下3寸だから約9センチ下ね」


『ぜんぜん違う。仙術書にはへそ下3寸と書かれているが本当はここじゃ!』

 真蔵仙人は矢を取って弓でサトコに向かい矢を放った。矢はサトコのへその下に刺さった!


「あっ……!」

『その矢の先が臍下丹田じゃ、そこに気を集中させるのじゃ』

 矢はサトコの腹に刺さっている。しかし、痛みはない。矢の先はへその下だが、へそから仙骨に向かった途中だった。


『まず息を吸って肛門を閉じろ。そして、その矢の先に意識を集中させるのだ。息を吐くときは脱力は使わないで緊張させたままだぞ。息を吹きかけ火を起こすようなものだ。

5~10分くらいから始めて、だんだん時間をのばして20~30分くらいできるようになれば腹が温かくなり腹脳が働き出す」


「あの、仙人様、これをやれば半身の麻痺は治りますか?」

『いや、半身麻痺は仁蔵の方が上手いだろうな』

「でも、あの人は半身麻痺を治したことはないって……」


『あいつは何度も生まれ変わっている。仙界でも修行している立派な仙人じゃ、もっとも、本人は忘れているだろうがな。カッカッカッ』


「そうなんですか……」



 ❃



「お姉ちゃん……」

「はっ、真蔵仙人様?」

「…………」


「えっ、なに? 仙人様は」サトコがキョロキョロしている。

「何、それ?」

「真蔵仙人様があたしに練丹を教えてくれた」

「練炭? 自殺なんてしないでよ」


「お腹に矢が……ない。傷もない……なんで?」

「お姉ちゃん、寝てたよ」

「えっ、夢なの?」

「寝ぼけてたよ。夕飯なにがいい?」


「夕方か、さっき昼だったのに」

「魚でいい?」

「あ、うん。いいよ……」


 あれが夢だったの?

 臍下丹田の位置がハッキリとわかった。

 練丹てなんだろう? わかんないけど、やり方はわかった。


 夢か現実かわからないが、サトコは呼吸法を毎日続けた。



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