第9話「仙縁」

 ついに自力で立つことができたサトコ。

 少々鼻息も荒く『仙術の会』にやって来た。立てるといっても歩けるわけではないので車椅子に乗っている。押しているのは妹のサトミだ。


「先生ーー! 見て、見て」サトミが言う。

「ん……?」

 サトコの乗った車椅子を仁蔵に向ける。


「さぁ、お姉ちゃん」

 ゆっくりと立ち上がるサトコ。


「おおっー!」立ち上がるサトコを見て感動する仁蔵。


「凄いよ! 立てたじゃないか」

 サトコはどうだという顔で仁王立ちしている。しかし、長くは立てないのですぐに車椅子に座る。


「ク○ラを思い出したよ」


「あっ、それ私も思った」サトミが嬉しそうに言う。

「サトミちゃんも、あのアニメを知っているのか?」

「再放送で見てました」

「ハ○ジって健康の女神の名前って知ってる?」

「えっ、なんですかそれ」

「ギリシャの健康の女神にハイジアって神様がいて、それがハ○ジの名前の由来らしいんだ。ハ○ジはク○ラを立たせるだろ」

「へ〜〜っ、意味があるんだ」


「サトミちゃんがハ○ジで、サトコくんがク○ラか?」

「いゃ、いゃ、そんな女神の名前なんて恐れ多い……」サトミが照れる。



「あっ、でも、ここで無理しないでね。自然に歩けるようになるまで適度なリハビリはいいけど頑張りすぎるとかえって大変なことになるから」

「どうゆうこと?」サトコが言う。


「そうだな……ほら、赤ん坊がはいはいしてたら、早く立たないかと思って立たせたりするでしょう」

「うん、ダメなの?」

「まだ背骨が固まってないうちに立たせて背骨の中を通っている神経を傷付けたら大変だからね。自然に背骨が固まり立てるのを待ったほうがいいんだ」

「そういうものなの」


「サトコくんは、まだ体が固まっているから体をほぐしながらゆっくりやったほうがいいよ」

「なんだ、早く歩けるようになってやろうと思ったのに」


「あわてない、あわてない。一休み、一休み」


「あーなんか聞いたことある」


「でも、偉いぞ! 仙術は教えても、ほとんどの人がやらないんだ。」

「えっ、なんで!」

「めんどくさいから。それと病気は薬と手術て治すと思っているのかもしれないね」

「あたしも薬で治すと思ってた。ねっ、サトミ」サトコがサトミをみながらうなずく。

「体を動かして治すというのは、まだ一般的ではないのかもね。関節は常に動かしてないと固まる性質があるから動かしていないとダメなんだけどね……」

「へ〜〜っ、そうなの?」


「そうなんだ。関節は動かさないと痛みも出るしね。じゃあ、今日は足の運動をしようか」

「うん」サトコが頷く。


「足の親指と人差し指を上下にすり合わせるように動かすんだ。足の指は人を差さないけどね……」


 足の親指を上げて他の4本の指は下げる。次に親指は下げる、他の4本の指は上げる。これをくりかえします。できる人には特に何ともないことですが、足が衰えるとこの動きが上手くできません。これは、足を衰えさせないための技でもあります。


「うーん……こうか」サトコの足の指の動きがぎこちない。サトミもやってみるが簡単にできる。

「いててて、つった!」

 足の裏がつってしまったサトコ。仁蔵はサトコの足を持ち上げ親指をサトコの方に向けて倒している。


「サトミちゃん、これを覚えてくれる」

「はい」

「足が吊ったらヒザを真っ直ぐにして、足の親指を内側に折り曲げると良くなるんだ」


「へ~~っ、そうなんですか」

「お姉さん、まだ自分ではできないから」


「サトコくんは、足が吊らない程度にやってね」

「…………」返事もしない。


「少し足を揉んであげよう」

 この時期、台湾から足ツボマッサージを伝えに来日していた人が全国を講演して回っていた。仁蔵じんぞうも熱心に講演を聞いて、やり方をマスターしていた。


「次に、もう一つやろうか?」

「いいよ、なに?」

「足首をこう、上に上げて下に下ろす。これは椅子に座っていても寝ててもできるよ」


「こうか」これは難なくできた。

「そう、そう、そうだよ。できるじゃないか」

「そうか……」照れるサトコ。


「これは、足に来た血液を心臓に戻す技だよ」

「これで!?」

「歩けば自然と血液は心臓に戻るんだけど、立ちっぱなしの仕事の人や歩けない人にはいい技だよ」

「あんまり、血液も心臓のことも考えた事ないな……」


「体が弱ったり、歳を取ると、良く考えるようになるよ」

 今日の講習が終わり、帰ろうとするサトコとサトミ。


「君たちは仙縁せんえんがあるのかもしれないなー」

「千円?」

「せ・ん・え・ん」

「なにそれ」二人がハモって言う。


「仙術をやる人の事だよ。次の講習では秘伝を教えてあげるよ」


「秘伝!? 凄いの」

「いや、凄くはないんだが……」



 ◐仙術裏話。


 足首について一言。

 高齢で足首が硬くなっている人はいるが、働き盛りの人でもふざけてるのか? と思うくらい硬い人がいます。なぜかはわからないけれど正座もできないほど硬くなっています。


 ちなみに私も右足首の内側のくるぶしの下の血管にコブがあります。なんでこんな所にコブができるのかと考えると、日頃あぐらをかいて食事をするのですが、その時、右足首を前にするので、右足くるぶしの下が少しだけ内側に曲がります。こんな些細な事でも50年もすると血管にコブができるのかと我ながら驚いたしだいです。


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