第8話「サトコ大地に立つ!!」

 車で家に着くサトコとサトミ。

 車はサトコのものでサトミが運転をしている。


「お姉ちゃん、着いたよ」

 サトコに肩をかして家に入るサトミ。

 今は昭和62年。『バリアフリー』なんて言葉も一般にはなかったと思う。当然、家の中では車椅子は使えない。しかし、サトコの兄が大家さんと話をして、部屋の中に手すりを付けたり、トイレも洋式に変えてかなり生活はしやすくなった。


「ありがとう。歩けるようになれれば生活もだいぶ楽になるんだけどね」とサトコが言う。

「これを使えば歩けるようになるよ」

 サトミが袋に入った大根の葉をポンポンと叩く。


「あの、おっさん、いろいろ言ってたけど脳卒中を治したことはないんだろ」悪態をつくサトコ。

「でも、いろいろ勉強しているみたいだよ。大根の葉っぱもいっぱいくれたし」


「大根の葉っぱなんて捨てるようなもんじゃん」

「お姉ちゃん、そんなこと言ったら悪いよ。わざわざ陰干しして作ってくれたんだから」


「生でも同じじゃないのか?」

「生では効かないんだって言ってたじゃない」

「そうか……」


「そうだよ、あたしちゃんと聞いてたから、大根風呂の作り方もバッチリよ!」


 言われたとおりにお風呂を沸かすサトミ。  お風呂はガスで浴槽の水を循環させて沸かすタイプで、お湯が沸くまで1時間くらいかかる。大根の葉っぱを煮出すには最適だ。浴槽は二人で一緒に入れる広さがあった。


「お姉ちゃん、お風呂沸いたよ! 綺麗な琥珀のような色が出てる」


 サトミはサトコの服を脱がし、肩をかしてサトコをお風呂に入れる。サトミも服を脱ぎ一緒にお風呂に入る。


「お姉ちゃん、ガリガリだね。あばら骨が凄いよ」

「うん、なんか食べるのがめんどくさいんだよね」


「この大根風呂で食欲もでるよ!」

「だと、いいね。あたし、最近、生理もないんだ……」

「えっ、なんで? なんか関係あるの」


「お医者さんが言ったんだけど、あんまり痩せすぎると生理が止まることがあるんだって」

「そうなの? お姉ちゃん、ガリガリだもんね」

「それ、さっきも聞いた……」


「この大根風呂は皮膚にもいいんだって」

「あーっ、言ってたね。サトミのアトピーも治ればいいね……」

 仲良くお風呂に入る二人だった。


 ❃


 3か月後。

 病院のリハビリ室。


「最近、佐々木さん、回復してるね」と、理学療法士が言う。

「はい、力が出てきてるみたい」と、サトコが言う。

「脳卒中で半年たってから回復してくる人はめずらしいよ。何かしているの」


「大根風呂ですよ。ミトコンドリア!」


「えっ、なにそれ!」

「知らないんですか?」

「知らない。聞いたこともない」


「えっとね。大根風呂で体を暖めるとミトコンドリアが電気を作って神経が復活するんだって」

「へ~~っ、初めて聞いた」

「そうなの? 学校で習う常識じゃなかったの」

「いゃ~ が神経を治すなんて聞いたことないな~」


「うん!? 君、ミトコンドリアに興味があるの?」

 通りすがりの白衣の先生が話しかける。

「えっ、あっ、いや、その……彼女がミトコンドリアで神経を治してるらしいんです」

 理学療法士がサトコを指差す。


「君がミトコンドリアを使っているの?」

「あたしも健康法教室の先生に聞いたんですけど、体を温めることでミトコンドリアが働き神経を回復させるって……」


「そうね〜っ、それは正しい選択だと思うよ。私は、この病院で免疫病を担当している三石と言う者ですが、免疫に関しての認識はまだまだ低くて医師ですら知らない人が多いんだ」

「そうなんですか……」

「そうなんですよ、お嬢さん。だいたい、免疫が発見されてから、まだ日が浅くまだまだその働きがわかっていない」


「大根風呂で体を温めているんですけど……」

「大根か……それはわからないけど、おそらく民間療法かな?」

「仙術って言うんですけど……」

「仙術!? それは、とんでもない幸運かもしれないよ。たしか、仙術は少なきを持って尊きとすると言う、幻のような技で実際に出会うことが非常にまれだという」


「そうなんですか? 近所にあったので……」


「古くから行われている民間療法は世界中にあるんだけど、仙術は数千年の歴史があるはずだが謎に包まれている。西洋では、古くはヒポクラテスが『鍛冶屋はペストにかからない』と言って、体を温めることで病気を防げると考えられ、日本では蒸し風呂で病気を治していた例があるので、薬草の風呂はいいと思うよ」


「そうなんですか……」

「お嬢さん、よければ、そのうち食事でもしながら免疫の話をしませんか?」

 そう言って三石先生はサトコに名刺を渡してどこかに行ってしまった。


 ❃


 病院のリハビリ室にサトミが向かえに来てサトコを連れて家に帰る。


 家の前に車が着く。

「お姉ちゃん、着いたよ」

「うん」

 サトミが肩をかしてサトコを家に入れようとする。

「サトミ、ちょっと待って。立てるかもしれない……」

「えっ!?」

「ゆっくり肩から手を離してみて」

 サトミは言われたとおりにゆっくりとサトコを支えていた手をはなす……


「ほら、立てた!」


 サトコが自力で立った!

 家の前の大地に立ったのだ!






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