第3話「和式トイレはつらいよ。」

 健康法教室の無料体験を終えてサトコは迷っていた。あの教室に通うかどうかを……


 病院のリハビリも週に1度通うことになっている。


「どうしようかな~」


 サトコは運動が嫌いで体を動かす所にいきたくなかった。まして、この体、寝ていたかった。


 脳卒中で半身不随になっても、8割りくらいの人は半年のリハビリで足のほうはよくなり、なんとか歩けるようになるらしい。


 サトコは症状が重いのか、リハビリを真面目にやらなかったのか、半年たっても足もよくならず歩くのも不自由で車椅子だった。左腕も全く動かなかった。


「このままでいいかな……体も良くならないし、生活保護をもらえば生きてはいけるだろう」

 サトコは、なかば治ることをあきらめていたが、困っていたことはあった。


 困っていたのはトイレだった。

 今は昭和62年、まだまだ、和式のトイレが主流だった。

 

 サトコは平屋の一戸健にひとりで暮らしていた。妹が来ても広さはあったので二人でも充分暮らせた。ただ、和式の汲み取り式のトイレで半身不随ではどうにも使いずらい。

 病院では洋式の水洗だったのでなんとか一人でも使えたが、和式ではしゃがむことができない。


 サトコはしかたなく和式の便器の上に座りこんで用をたしていた。

「幕末の英雄、木戸孝允きどたかよしは幕史に捕まり、厠に行きたいと言って汲み取り口から逃げたと言うけど、あたしは、ここに落ちたら、たぶん死ぬな……」


 サトコは自分で伸長150センチと言っているが本当は149センチ。体重も40キロそこそこあったが入院して40キロを切っている。


 便器の中に落ちるということは、絶対にないとは言い切れない。


 ❃


「お兄ちゃん、あたしのトイレ洋式にできない?」サトコは兄に電話している。


「急には無理だよ」


「あたし落ちたら死んじゃう。なんとかして、お願い!!」

 兄は気のいい人で、頼まれたら断われない性格だった。まして、妹の頼みなら。

「わかったなんとかする」


 サトコの兄は器用で、日曜大工的なことは簡単にこなしてしまう。サトコの勉強机も兄が作った。


 日曜で仕事が休みだったので、サトコの兄はさっそくサトコの家にやって来て、ミカン箱や廃材で洋式風のトイレを作ってくれた。

 不恰好だが充分に使える。壁に固定されているので倒れることもない。

「どうだ、これで?」


「ありがとうお兄ちゃん」

 サトコは心底感謝していた。それだけ困っていたのだ。


「そのうちもっとちゃんとしたのを作ってやるからな」

 兄は本当に妹のことを心配していた。


「どうした? サトコ……」

 サトコは長イスに座っているが、どこかで兄は脳卒中の再発かと思い凍りついた。


「ねぇ、お兄ちゃん。あたしの頭から何か出てない?」


「頭から?」


「何か頭の上から煙りのような物が出ている気がするんだけど……何か見える?」

「何を言ってるんだ? 何にもないぞ!」


「そうよね……たぶんそうだと思うけど、本当に何かが出ているように感じるの」

「大丈夫か!? 救急車呼ぶか?」

「頭の中じゃないから大丈夫だと思う」


「たぶん、話しても信じてもらえないと思うけど、あたし、このあいだ健康法教室って所に行って、そこで腎臓に効く『水の姿勢』って技を教えてもらったの、そこの先生は仙術を使う人で、水の姿勢も仙術のひとつで、ひょっとすると邪気じゃきが出るかもしれないって言っていたの」


「邪気? なんだそれ」


「邪気は体に貯まった悪いもので、治る課程で体の外に出るんだって」


「それが出てるのか?」


「たぶん、そうだと思う。すごく気持ちいいのよ。たとえるなら温泉につかっている気分」


 兄はサトコの頭の周りを見回したり匂いをかいだり、額に手をあてて熱を計ったりした。

「俺には何も見えないが……」

「フッフッフッ……お兄ちゃんには分からないのね」


『ガラッ』

 玄関が開き妹が帰って来た。


「サトミ、いいところに帰ってきた! ちょっとこっちこい」

 サトコの兄が手招きする。

「えっ、なに?」

「サトコが頭から邪気ってのが出てるんだって、わかるか?」


「なに、どれどれ?」


「あっ! わかる! なんか変なもの出てる」


「本当か!? なにもなだろ」

「匂いとかじゃないけど、邪悪な感じのものが出てるのよ!」


 兄には全くわからなかったが、体に貯まっていた邪気が煙りとなって頭から出ていたのだ。邪気は煙りとなって出たり、大便・小便・耳クソ・鼻クソ・鼻血等となって出たり、眠気や熱となって出ることがある。たいがいは良くなる前兆なのだが。


「俺にはわからんが、なにかあったらすぐに救急車を呼ぶんだぞ!」

 兄は、そう言って帰って行った。


「お姉ちゃん、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫、大丈夫。むしろいい感じ……あたし、あの『仙術の会』に通ってみるわ」


 ここからサトコの仙術修行が始まった。



 ◐仙術裏話。


 私が初めて仙術を習った日(昭和)、帰りのバスを待っていると、頭から煙が出ているような感じがしたのを今でもはっきりと覚えています。

 あれはいったいなんだったのでしょう?


 病気で入院していた人を仙術で体をもんだら、出るわ出るわ、凄い邪気!

 むせかえるような邪気が出て、いったいどこから出るのでしょうね?


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る