第2話「細胞を入れ替えろ!」

「こんにちは……すいませ~~ん」

 健康法教室の扉を開けるサトコの妹。

「あの~ 無料体験やりたいんですけど……」

 健康法教室の中には中年の男がいた……

「あぁ、無料体験……どうぞ……」

 中年の男は教室の中に入るよう手招きしている。

 あまり愛想のいい男ではない。むしろ仏頂面と言っていいだろう。


「あたしじゃなく、姉なんですけど」

 車椅子に乗ったサトコを教室の中に入れた。

「病気ですか?」

 サトコの異様な動きに仏頂面の男がたじろいでいる。

「脳卒中で左半身が動かせないんです」

 サトコが自分で言った。サトコは言葉に障害は無かった。


「ここは整骨院で、私の趣味で週に一回、健康法教室を開き『仙術』を教えているんです。脳卒中は病院のリハビリのほうが……」


「姉は病院に半年入院してリハビリをしたんですけどよくならなかったんです。ひょっとして、ここで良くなるかと思って……」

「……そう、それなら、まぁ……せっかく来たんだからやっていきなさい」

 仏頂面の男は二人を招き入れ話を聞いた。


「22歳の若さで脳卒中になることもあるのか……」

「脳動静脈奇形とかで若くても脳卒中になるそうです。治りますか?」

 妹に医学知識は、ほとんどない。無茶なことも平気で言う。

「病院で治せない脳卒中が良くなるとも思えないが……」

「え~~っダメなんですか!?」


 しばし考えこむ仏頂面の男、実は仙術を使い脳卒中を治すことを得意としていた男がいたという噂は聞きいていた。その男は生前に本を書いていたので、その本を買って密かに自分なりに研究はしていたのだ。

 仏頂面の男も別の仙術を伝承していて、仙術自体は知っていたが、仙術には秘伝が多く、本から読み解くのは難しかった。

 (あの本に書かれていることと、自分の伝承している技を合わせれば、治るとは思えないが、いくらかはましになるのではないか? やってみるか……)


 サトコは仏頂面の男を不信そうに見ている。(めんどくさいから早く帰りたい)


「右半分は動くんですね。それでは、『水の姿勢』をやってみましょう」

「水の呼吸?」

「……いや、水のし・せ・い。ここにあお向けに寝て膝を立てて下さい。そう、そう、そんな感じで膝を曲げて……あっ! 白い……」


「どうかしましたか?」妹がのぞきこむ。

「お姉さんスカートだから膝を曲げるとパンツが見えて……そこにジャージがあるからはかせてくれる」

 サトコは顔を赤らめ、右足で仏頂面の男のすねを軽く蹴った。サトコはカッとなると手が出るタイプで学校でも何度か同級生とケンカをしている。母親がいないことで同級生に心を開けない面があった。


 妹にジャージをはかせてもらったサトコは、あお向けになって膝を立てている。男は足で蹴られないように距離をとっている。

「右手を手のひらを下にして腰の下に入れてください。肋骨の下の部分、そう、そこに手をあてて体をゆっくり右に倒す。そう、そしてゆっくりもどす。そこには腎臓があって血液を綺麗にして水分を調節しているんだ。だから水の姿勢!」


「これで脳卒中がよくなるんですか?」


「いや、これは腎臓の働きを良くさせるもので、体が軽くなったり尿の出をよくしたりするんだ」

「なんだ……尿か……」

 サトコは内心、少しではあったが脳卒中が治ることを期待していた。


「仙術の中に養生法というのがあり、その中に導引どういんと言う技があるんだ。私は、その導引を研究しています」

「養生法のどういん?」

「簡単に言うと東洋医学です。東洋医学では腎臓を大切にするんです。腎臓は壊れてしまうと治らないからね」

「ふ〜ん、腎臓を大切にするのがこれね……」

「そういうこと。右手は肋骨から骨盤まで下ろしていって、ゆっくり背中を押してやるんだ」

 ぎこちなくやるサトコ。


「ちょっと背中を触ってもいいかな?」

「背中? 触る? 欲情したのかジジイ!?」

「お姉ちゃん、言い過ぎ……」

「だって、体に触りたいんだろ?」

「リハビリの先生も触ってたじゃない」

「あぁ、そういうことか……」

 わかったという顔でうつ伏せになるサトコ。中年の男はサトコの腰を触る。

 肋骨の一番下あたりを中心にていねいに触る。

「入院して寝ていたから背中にコリがいっぱいある。これがわかるかな?」

 中年の男が押さえた所をサトコも触ってみる。

「何もないよ。痛くもないし」

「よ〜く触ってみてくれ。固いものがあるはずだ」

 サトコは動く右手で自分の右の腰を触る。


「固い玉子みたいのがある……」


「わかったか! それは腎臓だ! 腎臓が固くなっている、腎臓は悪くなっても痛みがないんだ。そこに手をあてるんだ」

「こう?」

「そう! そのまま5秒から10秒くらいじっとして凝り固まって動かない古い血を出すんだ!」

 サトコは右手の甲を上にして背中に入れ体を傾けることで固い玉子みたいな物を押している。

「5秒から10秒押したら体を戻すんだ。すると押されて古い血が出て新しい血が細胞に酸素と栄養を送る。これを繰り返せばんだ」


「細胞が替わる?」


「そう、人の体は……細胞は常に入れ替わっているんだ」


 ❃


 無料体験を終えて部屋に帰って来た二人。

「あんまりたいしたことなかったね」

 妹はがっかりしたようだ。

「いや、そうでもないかもしれない。オシッコの勢いが違うのよ。それに体が軽い」


 その夜、サトコは久しぶりにグッスリと眠った。



【仙術導引・水の姿勢】


 三日月仁蔵が教える仙術導引。

『水の姿勢』は、疲れた時にやると即効で快復するぞ。

 三日月流導引の基本の導引だ。

 仕事でクタクタに疲れて帰って来て、もう何もしたくないという時、布団の上に横になってできるから楽な行法だ。

 『水の姿勢』を10分くらいすると、かなり快復して少しくらいなら動けると思い。シャワーを浴びたり、飯を食ったりできるぞ。

 そのまま寝てしまうこともあるので、ガスで煮炊きしてる間にやろうなんて思うと危険だぞ。


 自分の手で腎臓を押すのだが、副腎も押すことにもなるし、腰の筋肉も押すので、ホルモンや腰痛にも効いて、とてもお得な行法だ。

 体が重いと思う時や腰が痛いとか、やる気が出ないなんて時にも、やるといいな。


◉やり方

①布団の上に仰向けに寝ます。

②左手の甲を上にして布団と背中の間に入れます。

 最初は、肋骨の一番下、腎臓のある部分にあてます。

③両膝を曲げて左側に倒します。

 膝を倒す事で手の甲で腎臓を押すことができます。

 1回に押す時間は約5~10秒程度です。

④肋骨から徐々に骨盤まで手を下に降ろしていき腰全体を押します。

⑤右側も同じようにやりましょう。


 導引では背骨を押す事は禁止されています。背骨には手をかけないようにしてください。

 背骨を圧迫して、中を走る神経を傷付けると取り返しのつかないことになるからです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る