心象風景は書物のなかに
永遠の牢獄から逃げ出せたら良いのに。
「……、歩果。僕らは如何なる手段を以て、この冷たく苦い牢獄から逃げ出せる?」
僕らはクローゼットの内側にいて、扉を隔てて聞こえる大人たちの怒声を聞いている。クローゼットのなかは僕らの夢の空間で、そこから一歩でも外へ出れば、罰が与えられる。僕らは夢の空間という、永遠の牢に囚われている。身勝手な他者による圧倒的な暴力によって。僕に抱きしめられる形で、歩果はその華奢な体を震わす。
「……、冬子。逃げ出すことなんてできないよ。神様でもいない限り」
「歩果。神様なんていないよ。とっくのむかしに死んだんだ」
僕らは震える。もうじき僕らも死を迎えるかもしれない。外の世界からの暴力によって。
「冬子。本当? 神様は死んだの?」
「うん。むかし、ある一人の思想家によって殺されたんだ」
「冬子。怖いよ」
「大丈夫。その代わり、きっと、月の魔法が僕らを助けてくれる」
云って、僕はパジャマのポケットから一個のジッポライターを取り出す。金色のジッポライター。月の紋様が描かれている。歩果が珍しいものを見るように「綺麗」とだけ云った。
「死んだ神様が遺した魔法さ」
「まほう?」
「そうだよ、きっと僕らを助けてくれる」
鮮血。僕らの代わりに僕らを模した人形達が次々と殺される。大人の名を持つ暴力装置がナイフで僕らの代替品を殺す。僕はジッポライターを点火し、「これが魔法だよ」と歩果に声をかける。
「さよなら、するの?」
「大丈夫。一瞬のさようなら、さ。僕らはまた出会える」
「ほんと?」
「符牒を唱えれば」
刹那、クローゼットの内側から火が燃え上がる。赤々、と世界が燃えさかる。現実が喪失していく。それは儚い、夢。
しかし一瞬の夢は、遠い、遠い、遥かな宇宙からすれば、もっと一瞬の、些末な出来事で。その弾ける泡のような夢は、しかし僕を目覚めさせるには十分だった。
「『純粋な魂、理性とその命法』」
声がして、僕は上体を起こす。いつの間にか転寝していたようで、顔から読みかけの本が滑り落ちる。
了(二〇二二年、七月二七日)。
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