第15話 まるでそれはアレのよう
隣に立つ美羽が声を掛ける。
「天宮先輩もプリ機ですか?」
「いや、あたしは違うけど……ねぇ、ふたりってまさか」
どうやら真白さんは勘違いしているようだ。まぁ、確かに高校生男女がこんな機械からふたりで出てきたらそう思ってもおかしくない。
「違いますよ。兄妹です」
その言葉に、急に真白さんのテンションが上がる。さっきまでの青ざめた表情はどこへやら。
「そ、そっかぁ。妹さん」
「先輩、あたし入部の自己紹介のとき、結城って言いましたよね?」
「そう言えば。気づかなかったなぁ」
「それより、先輩と兄はどんな関係なんですか?」
「えっ!? あ、あぁ、そう、同じクラスメイト」
テンパった様子の真白さん。それを覗き込む美羽。
「けど、下の名前で呼んでませんでした?」
「そんなことないよ。ね? 結城くん」
「はい。天宮さん」
キョロキョロと俺と真白さんを交互に見てきたが、渋々一言。
「まぁ、良いですけど。ところで、プリ機じゃないなら何しに来たんですか?」
「なんかね、女子の間で話題になってるぬいぐるみがあるんだって」
「UFOキャッチャーにですか?」
「そうそう」
女子同士、気さくに話している。入学して間のない美羽が、もうすでに部の先輩と馴染んでいることに感心させられる。
「なら、俺ちょっと得意なんで、ふたり分取りますよ?」
「え!? 良いの!?」
ふたりが同時に同じことを言い、俺を見てきた。ふたりとも乙女の目をしている。颯斗もこういう目を作れたらモテるんだろうに。
「はい。どこにあるんですか?」
「わかんない。一緒に探して」
女子がふたり先に歩いて行く。右往左往しているところを見ると、真白さんはゲームセンターに不慣れなようだ。噂を聞きつけてデビューしてみましたってところか。そうまでして手に入れたいほどのぬいぐるみとは、いったいどんな形をしているんだろうか。
しばらくUFOキャッチャーコーナーで探していると、美羽が言ってくる。
「先輩、これじゃないですか?」
「あっ、そうそうこれこれ」
ふたりが立っている場所に合流して筐体の中を覗いてみる。白くて丸い球状の物体に黒い目と鼻、それにJをふたつ重ねたような口がついている。耳などは付いていないが、表情から察するに猫だろう。
「雪見にゃん福か」
美羽が筐体内に提げられた看板を見て言った。
「その感じだと美羽は知らないのか?」
「知らない。あたしたちのクラスじゃあ聞いたことない」
「あたしもたまたま今日聞いただけだから。ねぇ、取れそう?」
真白さんがこちらを見て言ってきた。中に居座っているのはちょうどふたつ。片手じゃあ持てないほどの少し大きめのそれは、少々難易度が高そうに見えた。それに、球状というだけでも高難易度なうえに、どんな感触なのかも見た目じゃわからない。硬ければ取りやすいが、柔らかいとかなり難しい。
「わかりませんけど、やってみます」
自分の財布から小銭を出して投入口に入れる。
まず横ボタンが点灯し、操作する。そのあと、上――つまりは奥へのボタンが点灯して、さらに操作を続ける。
ちょうどど真ん中だと思われる位置でアームが下がっていく。そうしてアームが猫を掴むも、球の中心まで届くかと思われるほどにたゆみ、アームをすり抜けていく。
「柔らかっ。まるで、おっ――」
自分のハレンチ発言に途中で気づいて言葉を止める。俺を挟む両脇の美少女に目を配ると、ふたりともそのことに気づき、ジト目を向けていた。
「さ、さぁ、もういっかい挑戦だ」
ジト目を振り払うがごとく、急いで小銭を入れる。
そのあと、何度かの挑戦でコツを掴んだ俺は、持ち上げるのではなく、徐々に引きずる作戦で何とか千円以内で片方をゲットする。
それをゲット口から取り出して、真白さんに手渡す。
「え、あたしが先にもらって良いの?」
「はい。美羽のはこれから取るんで」
「もう良いよ。今のだけでも大変そうだったし、ムリしなくても」
小銭を投入しようとした腕を美羽が引っ張る。
「良いって。美羽の喜ぶ顔が見たいからさ」
美羽が唇を少し噛み、俺の腕を放した。恥ずかしそうにしているので、取って欲しいに違いないだろう。
美羽の分もさっきと同じくらいの金額がかかった。それでも、それを渡したときの美羽の表情だけで十分元は取れた。
「……ありがと」
「結城くん、優しいね」
真白さんが満面の笑みでこちらを見て言った。
両手でふにゃふにゃさせているふたりを見ると、とても癒しを感じられた。
しかし、そのたゆみ、何だかアレに似ているような。
「ちょっと、美羽、貸してくれないか?」
「良いけど」
ゲット口から出したときに掴んだので感触はわかってはいる。だが、改めて両手を添えて触ってみると、やはりアレのように感じる。深い妄想に入るため、両目を瞑って揉み続ける。
――ヤバっ。ほぼおっぱいじゃんっ。いや、触ったことはないけど、たぶんこんなじゃないか? これ、うちに帰ったらたまに美羽から借りようかな。
「ねぇ、変なこと考えてるでしょ?」
ハッとして目を開けると、声を掛けてきた美羽だけでなく、真白さんも細い目を向けてくる。
「いえ、何も。颯斗んとこで売られてる雪見だいふくみたいだなと思っただけ」
「ホントに?」
手に持つぬいぐるみを下にさげて真白さんが言ってきたもんだから、思わずおっぱいに目をやってしまう。
「やっぱ違うじゃん」
美羽の言葉と同時に、真白さんの両手は、そのぬいぐるみで胸を隠すようにあげられていく。
「スンマセン。男なんで」
そう言うと、急にふたりが同時に吹きだし、お腹に手を当てて笑っていた。このふたりの笑顔なら永遠に見ていられるな、そんなことを考えていた。
※※※
次の日の朝。起床してすぐ感じたことがある。
――いや、全然デートの練習になってねぇからっ。
あのあと、ぬいぐるみをゲットしてすぐ、そのまま帰宅した。美羽は両手で大福を抱えており、腕を組んだりすることなどなく、カップルでどう歩くべきかなど学ぶどころじゃなかった。ラブコメから得た美羽の情報が乏しいのか、そのラブコメがニッチなのかは知らないが、あれじゃあ、写真撮ってぬいぐるみ取っただけなんだが。
今日は部活があるからと美羽の協力を仰ぐこともできず、日曜が不安で仕方なかった。
学校に着くとすぐ、颯斗から声が掛かる。
「おいっ、ちょっとこっちこっち」
口に手を当てて呼んだあと、手招きしてくる。
「なんだよ?」
「これ見てみろよ」
颯斗は手に持つ青のスマホを俺に見せてきた。
「え、なに? 恋人代行サービス?」
そこに書かれている文字を見たとき、一瞬だが感付かれたのかと錯覚してしまう。まさに今、俺と真白さんが置かれている状況と似ているから。
「そう。このアプリ、美女率高いらしいぞ。しかもお値安」
広告画面かのように怪しく彩られたページ最上部にはデカデカと2時間3千円の文字。それが相場よりも安いのかがわからない。
「けど、こういうのって未成年禁止だろ?」
「それがさ、適当に登録してもいけたって知り合いが言っててよ」
それはつまり、18歳以上ってことで会員登録するってことだろう。バレたら犯罪じゃないのか?
「俺はいいや。なんか怖いし」
「でも、別れ際におっぱい触らせてもらえたんだって」
「……」
颯斗の言葉に少々揺らぐ。颯斗のスマホをちらりと見てしまった。
「ダウンロードだけしとけって」
「……じゃあ、一応」
俺のスマホの中でダウンロードマークが点滅している。
真白さんとは偽カップルなんだから、ほかの彼女を作っても良いんだよな? というよりこれは代行サービスだから、本当の彼女になるわけでもないんだからもっとセーフだよな?
自分に言い聞かせているうちにダウンロードは終わった。
夜、自室でひとりスマホを見る。
颯斗から教えてもらったアプリを開くと、多くの女性の名がプロフィールとともに列挙されている。顔写真は流石にないが、年齢と身長、スリーサイズや好きなことや趣味などは載っていた。
詳しいページを見ようとタップすると、無料会員登録を促す表示が出る。
――これ、ホントに大丈夫なヤツだよな? 登録したあと、その筋のひとに呼び出されたりしないよな?
颯斗を信じて登録を続ける。
年齢以外は本当のところを登録しておいた。
――年齢18歳、血液型A型、身長170センチ、趣味ゲーム。
登録が済んで、閲覧に戻る。
数多くの女性を指で送っていると、ふとあることを思いつく。
――これ、2時間3千円でデート指南頼めるんじゃないのか? 日曜用に。だって、恋人代行のひとってプロだろ? なら美羽よりもっと参考になるんじゃないのか?
そう思って流し見していく。
それぞれにコメントが書かれているが、どれも当たり障りのないコメントだらけだった。
そんな中、あるひとりに目が留まる。
そこにはこんなコメントが載っていた。
『あなたのお悩み、解決します』
恋人代行と無縁とも思えるカウンセラー風なコメントに俺の目は釘付けになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます