第14話 ラブコメ好きなカノジョのデート指南

 耳をつんざく叫び声のあと、しばしの静寂。


「頭おかしいんじゃないのっ!?」

「いや、練習っ。デートの指南のお願い」


 あたふたしていた美羽がみるみる鎮まる。ああ、そういうこと、といった顔をしている。


「ややこしい言い方はやめて」

「ごめん。で? 協力してくれるのか?」

「いや、ムリでしょ。だって、あたしデート経験ないし」


 モテる妹が意外なことを言う。こんな可愛い美羽が何故デート未経験なのかというヤキモキ感と、まだ純なのだという安心感が交錯していた。


「知り合いの体験談でも良いんだ。何かないか?」

「ん~、愛梨沙も経験ないだろうし。女子友にカレシ持ち居ないからなぁ」

「ラブコメは? 美羽、恋愛モノ好きだろ?」

「けど、あれはフィクションだし」

「なんでも良いからっ。そのネタ、俺と実践してみてくれよ」

「……」


 しばらく腕を組んで無言で下を向く美羽。

 ちらりと俺を見て、はぁとため息を一度つく。


「わかった」

「ホントか!? じゃあ、いつにする?」

「つーかさぁ、なんでデート指南が必要なわけ?」

「それはだな。偽カノとのデート風景を恋敵が見たいと言い出してだな」

「はあ!? わけわかんないんだけど。じゃあなに? ふたりのあとを恋敵が監視して歩くの?」

「おそらくは」


 ふたたびはぁと、今度は先程よりも強くため息をついた。


「要はバレなきゃ良いんだよね? 偽だって」

「そうそう」

「いつ?」

「今週の日曜、亀池公園で待ち合わせだ」

「亀池公園……」


 俺から視線を逸らし、なにか遠いところを覗いているような表情を見せる。

 そのあと、こちらへ向き直り、言ってきた。


「んじゃ、明日の放課後で良い? 明日、部活ないし」

「えっ!? 部活入ったのか?」

「入ったけど」


 俺は平凡だから帰宅部だけど、スポーツ万能な美羽なら入っていておかしくないだろう。始業式のあと、すぐに入部届けを出したのだろう。兄妹でこれほどまでに行動力の差があるとは。


「ちなみに、何部?」

「テニス部」

「えっ!?」


 思いもよらない単語に声を大きくしてしまう。中学時代には水泳部に所属していたはずの美羽が、何故よりにもよってテニス部に? テニス部といえば確か真白さんが所属している部のはずだ。おそらくは先輩後輩の間柄でもうすでに互いを知っているはずだろう。その女子が俺の偽カノだなんてとても言えない。


「なに? そんな驚いて。悪いの?」

「いや、別に。中学のときは水泳部じゃなかったっけ?」

「そうなんだけど、中学の終わりにお父さんとテニスコート行ってやってみたらハマっちゃって」


 親父は中高テニス部だったはずだ。俺もテニスコートへは何度か足を運んだことがある。親父の遺伝は受け継がず、ド下手な俺をスポ魂漫画のように指導していたな。でも、確か母さんも中高テニス部だったはず。それなのに何故俺だけ運動音痴なんだ? 神さまのいたずらか?


「そっか。美羽はスポーツ万能で羨ましいなぁ」


 少し顔を引きつらせながら俺は言った。


「でも、1個上に凄い先輩がいてね。憧れてんのよ。金髪で綺麗な顔に運動神経バツグン。ああいうのを才色兼備って言うのね」


 それ、たぶん俺の偽カノです。もうすでに会っているんじゃあ、この先つらいな。美羽が俺の教室を訪ねてくることだって無いとは言えないし。


「へぇ、それはすごいな。けど、俺は美羽の方が素敵だと思うぞ?」

「どこがよ?」


 美羽がにらみを利かせてくる。


「それはほら、俺の自慢の可愛い妹だから」

「かわ……っ」


 一瞬にして表情が変化する。目を見開き、口を大きく開けて、頬を染める。


「もうっ、出てってよっ」

「えっ!? なんで怒ってるんだ?」


 ベッドから立ちあがった美羽が俺の背中を両手で押して部屋から追い出してくる。必死に抵抗するも廊下に出さされた。

 ドアが閉まる直前に告げた。


「なあ、明日の放課後、どこで待ってりゃ良いんだ?」


 閉めようとしかけたドアを途中で止めて美羽が言ってくる。


「亀池公園がスタート場所なんでしょ? ならそこでしょ」

「わかった。ありがとな、美羽」


 返事はなく、ドアは閉まった。

 だが、とりあえずデートの練習ができそうで、俺の心は少し穏やかになった。




※※※




 次の日の放課後。

 美羽に指定された通り、亀池公園へ向かう。帰宅せずに向かうため、必然的に制服デートになる。顔の似てない俺たちがふたりで行動すれば、傍はカップルだと思うだろう。そうして釣り合いの取れていない俺だけが道行く男たちから睨まれるってパターンだろうな。


 学校から徒歩20分。懐かしい公園に到着する。

 公園内を歩き、あの星乃さんとの一件の際に座っていたベンチまでたどり着く。そして腰掛ける。

 この場所は美羽にとっても思い出の場所のはず。かつての記憶を大切にしてくれているのであれば、おそらくは……。


 しばらく待つと、横から呼びかけられる。


「アニキ」


 声の主を見やると、可愛らしい女子高生がひとり。


「美羽、よくわかったな」

「まぁね」


 ゆっくりと歩いてきて、俺の隣に美羽が座った。


「よく4人でここに来たよな?」

「そうね」

「美羽は来てるのか?」

「愛梨沙とふたりでたまにね。でも、ほんとたまにだけど」

「そっか。俺はこの前数年ぶりに来たよ。でも、このベンチ、あのころから全然変わってないな」


 木のベンチを見て座面を手で撫でた。


「そんなことより、するんでしょ? デート」


 パッと立ちあがった美羽が俺を見降ろしてきた。


「ああ。ラブコメの知識、ご教授ください」

「んじゃ、行くよ」


 俺もベンチから立ち上がり、美羽のあとを歩いた。


 しばらく公園内を歩いているが、一向に横を歩こうとしない。


「なあ、カップルって普通横を歩くんじゃないのか?」

「今はこれが普通じゃない?」


 先を歩く彼女をうしろから付き添う彼氏。でも、これってどう見てもお嬢様と執事じゃないのか?

 不信に思った俺は小走りで美羽に近づき、美羽の手を取った。


「――ッ! にゃにすんのよっ!?」


 急に手を握られて動揺したのか、すぐさま払いのけられる。

 今、変な返事しなかったか?


「ごめん。だけど、カップルは手つなぎデートだろ?」

「はあ!? そんなんもう古いから。いまのカップルは淡白なの」

「そうなのか。ツンデレってヤツか?」

「それも違う」


 恋愛に疎い俺には意味がわからない。俺が愛読する漫画は異世界バトルモノが多いから。男子は戦闘系が好きなのは当然だろ?


 そのまま歩くと、ついには公園を出てしまった。


「えっ!? もう公園出るのか? 公園内でイチャつかないのか?」

「はあ!? 兄妹でキスするつもり!?」

「いや、飲み物買って座ってしゃべったりってこと」


 言われてすぐ頭から湯気が立ち込めそうなほど美羽は赤くなる。

 そのまま黙って歩いて行く美羽の足取りはさっきよりもはるかに速かった。


「ちょ、待ってくれよ」


 ついて行くだけで必死な俺が、周りを見ると、そこは駅前だった。


「あ、映画でも見るのか?」

「ブブー。デートで映画はNG」

「えっ、なんで?」

「だって、上映中ずっと無言になるじゃん。カレカノの会話シーンないじゃん」


 確かにそうだ。最低でも1時間半ほどはある上映時間。その間、貴重なデート時間を失うことになる。良いことを学んだ。


「流石だな。参考になる。なら、どこ行くんだ?」

「あこ」


 美羽が指差したのはゲームセンター。颯斗とよく行くところだ。

 入り口上にはJackジャック Starスターと大きく書かれていた。


 美羽が先に自動ドアを開けて入っていく。そのあとを追った。


 入り口付近にはUFOキャッチャーの筐体が多く、その奥にアーケードゲームが並ぶ。そこを素通りして右通路奥を美羽が進んでいく。


「これ」


 ある機械の前で立ち止まって指差してきた。


「これ、プリクラか」


 女性の顔やJKたちの等身大ポスターが貼られたその機械には多くの学生の姿があった。ほとんどが女子だから、カップルだと知るとジロジロと見られている。羨んでいるのだろうか。


「今はそう呼ばない。プリ機」

「へぇ、詳しいな」


 慣れた様子でカーテンを開けて入っていく。おそらく女子友と頻繁に撮っているのだろう。デート未経験だと言っていたし。だが、男子は違う。俺と颯斗がふたりでこのプリ機なるものに入ったら白い目で見られるだろう。いや、それは偏見かな。今じゃ、男同士でも普通かもしれないし。世間を知らなすぎてつらい。

 美羽のあとに俺もカーテンの奥に入る。


「いや、これ狭いな」

「普通だけど」


 少しでも寄れば肩が触れ合う距離だ。俯いて美羽がパネルをタッチしていく。


「なあ、これが今のカップルの定番なのか?」

「知らない。ラノベにこんなシーンがあっただけ」


 パネルをタッチし終えると、カウントが始まる。


「ほら、あごに手当てて」


 言われるがまま、親指と人差し指でVを作り、あごに当てる。ふたり同じ格好で撮るようだ。

 そのあとも、裏ピースなる格好や頬に手を当てる、ふたりの手でハートを作るなどをさせられた。


「なあ、なんか変じゃないか?」

「だって、書いてあったんだから」

「でも、仮デートなんだから、何も再現しなくても良かったんじゃ……」

「あ」


 ひと通り撮影し終えてそのことに気づいた美羽は赤くなる。撮影用のライトはもう消灯しているので、光のせいじゃない。


 下から出てきたシールを取り出し、ふたりでカーテンの外に出る。


「ったく。早く言ってよ」

「いや、美羽が先走ったんだろ?」


 怒る美羽をなだめながら近くを見ると、知った顔の姿を目にする。


「あ、真尋くん」


 声を掛けてきたのは真白さんだった。あちらも制服姿だ。

 声を掛けてすぐ、隣に立つ美羽の存在に気づいた真白さんが青ざめる。


「え!?……どういう」


 何度も何度も俺と美羽の顔を交互に見てきた。

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