第13話 デートを見たいとカノジョは言った
午後の授業はなにごともなく進行する。
星乃さんは当然のこと、ほかには秘密の関係中の真白さんもこちらへ目配りする気配はまったくない。そのため、登校時に疑念を抱いていた颯斗はすっかりそのことを忘れて隣で熟睡していた。
そして放課後。
「わりぃ、今日は店番があるから先に帰るわ」
「おう」
そう言って手を振る颯斗を見て、内心は好都合だと感じてしまう。そんな自分が少し嫌いになった。あれほど親密にしている幼馴染に嘘をつくようになってしまったんだ、と。
颯斗が去ってすぐ、真白さんもリア充女子たちと教室をあとにしていった。前方には引き出しから教材を取り出し、鞄に詰める星乃さんが見えたが、声を掛けずに俺も教室を出た。
教室を出てすぐ廊下の先を見やると、真白さんが下り階段へと歩を進めている。カモフラージュのために、いったんは周りに合わせるのだろう。俺はそれとは真逆の階段を上った。
屋上のドアを開けると、当然のごとく誰も見当たらない。この場所が不人気だと知っているし、さらにはあのふたりがまだここへ到達しないことも知っているからだ。
どうせ出向くことになるのだから青ベンチには至らず、柵越しに景色を眺めてみる。東を向けば、コの字に広がる東棟屋上が見えて、その建物に挟まるスペースに噴水がある庭園が見える。北側には体育館とプールが見え、西には部室や職員室、事務室などを備える事務棟がそびえたっている。ちょうどこの西棟よりも一階層ぶん低い。ここは3階建てだから事務棟は2階建てだ。
一番の絶景は南側なのだが、あちらを見れば入り口に視線を送ることになり、来客とすぐに顔を合わせることになる。真白さんなら良いが、星乃さんだと怖い。
南側に目をやれば来栖市を一望できるのだが。この校舎が高台に建っているためにそれが叶う。
でも、今はそんなものを見ている余裕はないな、と諦めた。
わざと入り口に対して背を向けて立っていると、あの錆びたドアの音が響いた。無言で足音だけが響いてくる。いったいどちらだろうか。
「真白は?」
先に着いたのは星乃さん。近づいている時点で何となくは予想がついた。もし真白さんだったら、入ってすぐに声を掛けてきただろうから。
「まだだよ」
くるりと反転して星乃さんに返事を送る。
改めて正面から見ると、素晴らしい美貌ではある。あの性格さえなければ、と本心が呟いていた。
「そう」
真白さんが不在だと知ると、そのまま距離を詰めてくる。俺は身じろぐことなく立っていた。後ずさりたかったが、逃げても仕方がない。なにせ、ここは柵で囲まれた鳥籠みたいなもんだから。
俺の目と鼻の先で星乃さんが立ち止まる。ロッカー事件のときのように近い。
「ひとつ良い?」
「なに?」
「公園で会った日。わたし以外でも助けてたの?」
彼女が言いたいのは、恩を売った偽善なのか、誰に対しても見せる善意なのかってことだろう。
「もちろん。男でも助けたさ」
「そう……なんとなくわかったわ。ブランがあなたに懐いた理由」
ブランとはあの白ポメラニアンのことだ。それを告げた星乃さんはいつになく切ない表情をしていた。
そのとき、キキーという音とともに声がする。
「なにして……」
目を丸くした真白さんが俺たちを見ていた。あちらから見れば、星乃さんが俺に何かをしているようにも見えるだろうから勘違いしているみたいだ。こんな接近しているのも助長するだろうし。
「安心して。こんな男とキスなんてしないから」
真白さんの声を受けると、くるりと星乃さんが反転して真白さんを見る。反転時、その勢いから押された風に乗って柑橘系の香りが届いてきた。制汗剤か何かだろうか。
「当たり前だよ。それ、浮気だよ?」
走って星乃さんの横をすり抜け、俺の隣に真白さんが立つ。並ぶ俺たちを見て、しらけた視線を星乃さんが向けていた。
「仲良しアピール?」
「そう」
星乃さんの問いをすぐさま跳ね返す。
「で? 千紗からの話ってなに?」
「まだ、あなたたちの関係に疑問があるの。だからひとつ試させてもらって良い?」
「試すってなにを?」
不穏な空気が支配する。俺は黙ってふたりの顔を見比べるも、ふたりは互いに見合い、視線を外さない。
「今週の日曜、3人で出掛けて欲しいの。ふたりのデートを陰ながら見てみたいのよ」
「えっ!?」
俺と真白さんは同時に声をあげる。俺たちはどちらもデート経験がない。そんなふたりが演じたところで絶対に無理が生じ、バレるがオチだ。
「いや、それはムリだっ。デートはふたりだけで楽しむもんだし、誰かに見せるもんじゃない」
必死な俺を見て、少しだけ星乃さんの口角があがる。
「さも、初めてみたいね。そういうこともまだって言ってたし」
その言葉を受け、真白さんが険しい顔で俺を見てくる。そんな話、どこでしたの、って感じに。
「良いよ。見せたげる。ラブラブなあたしたち見て妬かないでよ?」
堂々と真白さんが言い出すと、星乃さんの口角がさがる。
「なら決まりね。日曜、亀池公園で待ち合わせにしましょう」
そう言って入り口の方に歩いて行く。そして途中で立ち止まり、一言。
「でも真白、そのひと、ほかの女の子とも腕を組むみたいよ?」
「えっ!?」
おそらくは公園で助けたときの話だろう。あのときは星乃さんから腕を組んできたはずだが。策士だな。
「その点、わたしは絶対に真白を悲しませないのに」
それだけを告げて屋上から姿を消した。
しばらく沈黙が続いたが、彼女から口火を切った。
「さっきのどういうこと?」
どう見ても機嫌が悪そうだ。
「真白さんのマンションに行った日あるだろ? あの日、その少し前に亀池公園で星乃さんと会ったんだよ。犬を散歩させてたんだけど、ヤンキーっぽい男に絡まれてて。それを助ける時に演技であっちから腕を組んできたってわけ」
「そう」
「なんかさ、その白い犬に懐かれちゃって。男に懐くのは珍しいって言ってたな」
「確かにブランはそうね」
「あ、知ってるんだ。そうだよな、親友なんだから」
「あの子、あたしが拾ったんだから」
真正面に俺を捉えて言ってくる。事情を踏まえ、少し機嫌は直ってきていた。
「それ、どういうこと?」
「あたしたちの出会いはブランがきっかけなの。入学式の日、下校途中に白いポメラニアンを段ボールの中に見つけてひとり眺めてたんだけど、うちマンションだから飼えないなぁって諦めてたの。そんなときに近くを通りかかったのが千紗だったの。最初は無視して通り過ぎようと思ってたみたいだけど、気になったのか途中で声を掛けてきたの」
「それで星乃さんが家で飼うって流れになった、と」
「そう。その日から友達になったの。ふたりでその子にブランって名付けて、しょっちゅう散歩に出掛けた。けど、まさかあたしに好意を持ってたなんて……」
このとき、星乃さんの男嫌いの原因がもしかすると強姦かもしれないと告げようかと思った。だが、ひとの秘密をほいほい告げ口するようで躊躇われた。
「それなんだけどさ。あんな安請け合いして大丈夫か? お互いしたことないだろ、デート」
「そうだけど、ほかに答えようがなかったんだもん。なんとかなるっしょ」
「真白さんはいつも前向きだな」
「そうでもないよ」
真白さんはスッと下を向いたが、その顔は星乃さんが見せたような切ないものだった。
屋上で真白さんと別れて帰宅して、今は自室。
時計は夜9時を指していた。
ひとり部屋で考えていたのはデートのこと。
真白さんはどうにかなると言っていたが、とても不安だ。ぶっつけ本番で大丈夫だろうか。かと言って真白さんと仮デートを決行し、もしどこかで星乃さんに出くわせば終了になる。いや、「今日もデート中だ」とかうまく言えばバレないかもしれないが、あの鋭い星乃さんを欺くのは困難を極める。
どうすれば……。
ふと、ある妙案が浮かぶ。
美羽に頼ってみるというのはどうか、と。
美羽はあのとき言っていた。『もしピンチになったら協力したげるから言って』と。美羽と仮デートをしていれば、偶然に星乃さんと出会っても妹なんですと言えば納得してくれるはずだ。
これで行こう。
決意を固め、自室を出る。そして、隣部屋のドアをノックした。
「はい」
返事を確認してドアを開ける。
「なに?」
白のもこもこ寝間着を着た美羽がベッドに座り、怪訝そうにこちらを見る。
「ピンチのときだっ。協力してくれ」
そう言うと、美羽がジト目で俺を見やる。
「協力って、なにを?」
「俺とデートしてくれっ」
それが聞こえた瞬間、美羽のショートヘアが猫のように一瞬逆立ち、顔面を真っ赤にさせる。
「はああぁぁぁああっ!?」
親父と母さんにも聞こえるかのような美羽の大声が部屋をうごめいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます