第16話 恋人代行サービスの人気もの

 次の日の昼休み。

 俺は屋上の青ベンチでひとり、スマホの画面と格闘していた。

 真白さんとも星乃さんとも予定のないこの屋上の隅っこで必死に手に汗握っている。

 なぜそんなことをしているのか。

 それは昨日見ていたアプリが関係している。


 ――クソッ! またダメかっ。


 恋人代行サービスの女性一覧の中から最良物件を見つけ出したのは良かったのだが、その子があまりの人気で予約が取れない。名前をタップしても、しばらく読み込み状態で固まり、そのあとに『時間を空けて再接続してください』と表示されるばかりだった。


 人気の理由はいろいろだろう。ほかの子たちが、あなたのデートプランに合わせます、彼女持ちを体験してみませんか、などの普通コメントばかりの中、ひとりだけがお悩み相談員のようなコメントだからというのもある。

 人はさまざまな悩みを抱えているが、話せるひとがいない人間は意外にも多い。そんな気持ちを解決するためにSNSが発明されたが、それでも文字だけの相談よりも顔を見ての相談の方が安心するものだ。目を見て語らえば、自分のことを理解してくれてるって思えるから。まぁ、相手はお金のためにやっているだろうから、ただ上の空で聞いているだけかもしれない。それでも人との触れ合いは大切だと感じる。

 もうひとつは彼女のプロフィールにあるだろう。年齢は18歳だからおそらく大学1年だろう。このアプリの会員とサービス員はともに高校生禁止になっているから。そのうえで18歳というのは一番若い子ということになる。血液型はO型でおおらかさを感じさせるし、趣味はひとの悩みを解決することと書くほどのマザーテレサ感。そして極めつけはそのスタイル。身長155センチに対してEカップと書いてある。これは極上のバランスと言っても良い。よくエロ本でスリーサイズを目にするが、これが一番バランスが取れているはずだ。


 しかし、悩みっていったいどこまでの? もしそっち系でも解決してくれるって言うのか? いやいや、そんなわけないよな。これってそういう行為禁止って書いてあるし。けどもし、この子が不正行為をしているとしたら……。噂が広まり、この人気なのかも……。

 そんな不埒ことを考えていたら、くろ理沙りさという名がタップ可能状態になる。ダメ元でタップする。これでたぶん20回目だと思う。


 読み込みマークがクルクル回転する中、この子の名を見てふと思う。

 星乃さんの名である千紗と響きが似ているし、愛梨沙ちゃんの沙が入ってるな、と。

 まさかこのふたりのどちらかなのか、なんて考えていると画面が切り替わる。


 ――ッ!!


 奇跡的にも予約申請画面になっていた。

 スクロールさせていくと最下段に日時を指定するところがあった。最短で選べる日は今週土曜日――明後日だ。

 日曜にかち合うことのない土曜日で申請ボタンをタップした。

 しばらく読み込みが入り、申請完了の字が表示される。


「なに見てんの?」


 突然横から声を掛けられ、危うくスマホを落とすところだった。目をやるとそこには真白さんが立っていた。見ていた画面が気になるのか、前かがみで覗き込んでくる。


「いや、なんでもない」


 すぐ真白さんからは見えない方へ画面を向けて遠ざける。

 すると、細い目をして俺を見やる。


「またエッチなの?」

「違う違う。ただのメール確認」

「そう」


 空いた隣席に断りなく座ってきた。


「なんでここだってわかったんだ?」

「野上くんが教室に居たから、ここかなって思っただけ」

「そっか」


 ここ最近、颯斗と食堂に行かないときは必ずと言って良いほど足を運んでいたから、真白さんはお見通しのようだ。それほどまでに俺はこの場所を気に入り始めていた。この静けさは図書室や保健室をも超えると思う。室内と違って風を感じられるところもまた良い。


「このまえ、ゲームセンターでふたりを見掛けたとき、なんかドキッとしちゃった」

「なんで? ただの妹だよ?」

「あんま似てないし、聞かないとカップルみたいだったし」

「それは俺の昔ながらの悩みだ。妹が美形だと苦労するよ」

「そうかなぁ。似てないけどあんま差はないんじゃない?」

「どこがっ。大違いだ。あっちは天使、俺はモブ」

「まぁそりゃあ、あたしがあがらずにしゃべれるくらいだから超絶イケメンじゃないよねぇ」

「おいっ」


 途中、フォローしつつも最後にはオチを決めてくる真白さん。俺のツッコミに口に手を当ててクスクスと笑っている。


 そのあと、スッと立ち上がって一言。


「んじゃ、あたし行くね。デートプランは真尋くんに任せる」

「なんとか考えてみるけど、あんま期待しないでくれよ?」

「わかってる。あっ、エッチなとこはなしだから」


 くるりと反転して俺を見る。両手の人差し指をクロスさせてダメを表現させていた。


「当たり前だっ。うしろから星乃さんがついてくるんだから」

「それって、千紗がいなかったら行くってこと?」

「行かない行かない」


 急に変なことを言ってくるもんだから慌ててしまう。それをジト目の真白さんが見る。


「まぁ、良いけど。じゃあね」

「ああ」


 ――その、まぁ良いけどってどういう……連れて行って良いってこと? んなわけないよな。


 真白さんが去って時間を置いて、俺も屋上から出て行った。




※※※




 それから日が経つこと2日。予約をした土曜日の午後2時がやってきた。

 普段着よりも少し背伸びをした恰好で自室を出たので、それを見た美羽からこう言われた。


「なに? デートにでも行くの?」

「はあ!? なに言ってんだよ。ちょっと出掛けるだけだ。ひとりで」

「そうだよねぇ。仮デートは日曜のはずだもんねぇ」

「そうだよ」


 そう言っているけど、美羽は全然納得している感じはしない。俺が階段を下り、玄関口で靴を履く姿をうしろからずっと眺め、その間ずっと疑いの目だった。


「じゃあ、行ってくる」

「ねぇ、あたしも行って良い?」


 玄関ドアの取っ手に手を掛けた瞬間、うしろから言われた。


「ダメだっ。言ったろ? ひとりでって。男はたまにふら~っと出掛けたくなるもんなんだ。寅さん知ってるだろ?」

「ふーん」


 一歩まえに美羽が進み、下から俺の顔をジト目で覗いてきた。久しぶりにこんな近くで見たが、ジト目でもめっちゃ可愛いな。兄妹じゃなかったら結婚してたな。


「じゃあな、美羽」

「あっ、ちょっと」


 妹の視線を振り払い、俺は自宅を飛び出した。




 自宅から歩くこと20分。あちらが待ち合わせ場所として指定してきたのは駅前の噴水広場だった。多くのカップルが待ち合わせに使用する定番のポイントだ。

 俺はカップルばかりの中、ひとりで噴水の近くのベンチに腰を下ろす。

 目印のようなものは持って来る必要はないらしい。連絡は逐一アプリ内で送り合うようなので、おのずと出会うというわけだ。

 いったいどんな子なのか。そのことばかりが俺の頭を支配していた。それと同時に、もし知り合いだったらどうしようという不安もあった。屋上でふと思いついた星乃さんや愛梨沙ちゃんだったら、と。


 しばらく待っていると、スマホの通知音が鳴る。これはアプリ内のメール音だ。


『いま駅前に着きました。どこにいますか?』


 とうとうこの時が来た。アプリ一の人気女性がこの広場のどこかにいる。キョロキョロと視線を送りながら、返信する。


『いま噴水近くのベンチでキョロキョロしてます』


 するとすぐに返ってくる。


『上下黒に、茶のショルダーですか?』


 ズバリ正解だった。流石慣れているだけのことはある。一瞬でお客を割り出すとは。


『そうです』


 そうメールを送ってすぐ、声を掛けられる。


「お待たせしました」


 真正面から来ると思っていた俺は横から声を掛けられ、慌てながらそちらを向いた。

 座りながら見上げた彼女はそれはそれは美しい女性――いや、女子と言った方が良いのか。それほどまでに若く見えた。とても18歳には見えなかった。ふわりとした茶髪セミロングの童顔美少女は八重歯を見せていた。

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