第37話 おっさん、足取りが重い
神社から実家の旅館に向かう良太の車の中。
後部座席では、綾華が俺の肩に頭をもたれさせながら幸せそうに微笑んでいた。
神社で美津子が入ってきた時は、若干拗ねていた表情だったのに女はよくわからん。
綾華の濡れた服は美津子が回収し、今は借りた洋服を着ている。ちなみに俺は良太の服。
車内は暖房が聞いているが、念のため綾華にはブランケットをかけていた。
ブランケットの下で握っている綾華の手は温かいので血行は良さそうだ。
あー、実家に戻ったら温かいもん飲みたいなぁ。
こういう時は鍋をつつきながら熱燗をひっかけるのが最高なんだけどなぁ。
さすがに朝っぱらからは親父はともかく姉貴がうるさいよな。
どう許してもらおうか。たまにはいいじゃん正月なんだしで押し切ろうか。
グダグダと姉貴に対する言い訳を考えていたら、旅館が見えてきた。
目を凝らせば旅館の入り口に複数の人が並んでいた。
そのうちの一人はよく知っている顔だった。
「あれは、桜庭さん? なんで四条家の執事である桜庭さんが実家にいるんだ」
「あの人だけじゃなくて綾華さんの親御さんも来ているみたいだぞ」
「お父様が?」
良太の言葉に綾華が反応した。
旅館の前に車を止めるまでのわずかな間に良太は口早に状況を教えてくれた。
俺が綾華の捜索に飛び出した後、親父が四条家へ連絡したこと。
すぐさま四条家から綾華の捜索チームが少数精鋭で編成され、文字通りヘリで飛んできたこと。
実家に到着したらすぐに旅館の応接間に対策室を設置し、捜索を開始しようとしたこと。
それを余所者が吹雪の中に出るのは二次遭難になると、親父を含めて姉貴が止めたこと。
驚くべきは四条家の対応だ。あの猛吹雪の深夜によく来れたものだと思う。
いや、大事な一人娘の危機となれば当たり前か。いや、当たり前なのか?
良太が実家に連絡を入れた時に、一緒に来てた医療チームが受け入れ態勢を整えたらしい。
その時に、今朝、四条総裁がこっちに着いたのを知らされたとのこと。
総裁の行動力もすげえな。日本経済界トップの身ともなれば、分刻みのスケジュールだろうに。
いや、娘が行方不明になったかもなれば来るのは当然か。
ドラマとかだと経済界のトップは家族の危機でも仕事優先ってシーンが多いが……
うん、飛んでくる方が当たり前だよね?
桜庭さんの後ろに控えている人たちが医療チームの人かな。
白衣を着てるし看護師さんっぽいし。
車が実家に止まり、俺と綾華が下りるとすぐに桜庭さんが近寄ってきた。
「お嬢様、ご無事で何よりです」
「ありがとう、桜庭さん。ご心配をかけたみたいで申し訳ないですわ」
「医者を連れてきております。まずは診断を受けていただきたく」
「分かりましたわ。それでしたら、英二様も一緒に……」
「いえ、若宮様は着いたらすぐに旦那様のところへお連れするように申しつかっております」
その桜庭さんの様子と言葉に違和感を感じた。普段の好々爺とした温厚な雰囲気はなく、俺への冷たさが感じられた。車を降りてから俺とは一切目を合わせくれず、綾華の言葉をさえぎって話すなんて普段からは考えられない。
「おい、ちょっと待ちなよ。英二も一晩極寒の中にいたんだぞ。別に医者にとは言わないけど、まずは一休みさせてやってから事情を聞くってのが人情ってもんだろう」
そんな桜庭さんの冷たい態度が気に障ったのか、美津子が眉間にしわを寄せながら桜庭さんに食って掛かった。
美津子は美人なだけに険のある目は怖い。昔はここらのスケ番とやりあって程の女だから迫力もハンパねえよ。良太なんてビビりながらも、美津子の腕を引っ張って止めているし。
「部外者は口出し無用に願います。これは四条家の問題ですので」
「おい、誰の女に向かって舐めた口きいてんだ」
「りょ、良太。ストップ!!! 美津子も堪えて堪えて!」
美津子の手を放し前に出てきた良太をとっさに抑えながら、ブレーキ役がなくなった美津子も掴まえて止める。あぁ、もうこのヤカラ夫婦め。このくらいのことで切れ気味にならないでくれ。怒ってくれるのはありがたいけど事態をややこしくしないで。
「分かりました、桜庭さん。四条さんのところへ行きます。親父も一緒ってことは、親父も了承しているってことでしょうし」
俺が分かったといってもなおも鼻息の荒い良太と美津子の前に綾華が進み出てきた。
そして、腰の前に手を添えて深々と頭を下げる。
「我が家の者がご無礼な態度をとり誠に申し訳ございません。どうかご容赦ください」
「いや別に綾華ちゃんが謝ることじゃ……」
「いえ、執事の無礼は当家の無礼です。桜庭さんもお謝りになってくださいませ」
珍しく綾華の目は怒っていた。明らかに桜庭さんに対する目に棘がある。
桜庭さんもその迫力につられてか、もしくは立場を弁えてか頭を下げて二人に謝った。
「じゃ、じゃあ四条さんのところへ行きましょうか」
そんな様子に、なぜか俺が気まずさを覚えなら桜庭さんを促した。
「かしこまりました。では、どうぞこちらへ」
思わず普段の流れで言った台詞なんだろうけど、自分の家に入るのにこちらも何もないんだよなぁ。支配人室なら目をつぶってでも行けるし。そんな突っ込みを胸の中でしつつ、支配人室行きのエレベータに乗り込んだが相変わらず気まずい。
階を知らせるエレベータの液晶の進みも遅く感じる。
いつもなら、何かしらの話題を振ってくれる桜庭さんが無言。
やはり、いつもの温かさがその背中からは感じられなかった。
なんだろうこの居心地の悪さ。
エレベータを降りた後の足取りも心なしか重い。
昨夜から雪道を走り回った疲れのせいだと思いたい。
支配人室に着いたところで桜庭さんは横に下がった。
どうやら、支配人室に入るのは俺だけらしい。
扉を開けながらチラッと桜庭さんのほうを見ると、今日、初めて目が合った。
目だけはいつもの温厚な桜庭さんだった。
ただ違っていたのには、その目に俺を心配するような感じがあったこと。
不思議に思い口を開きかけた俺に、親父の声が掛かった。
「英二、早く入りなさい」
やむえず、桜庭さんに話しかけるのは諦めて後ろ手に扉を閉め中を見ると、執務机に座る親父とソファに座る四条総裁が居た。
やはり、ソファに座る四条総裁にも普段の温かみはなく、厳しい目を俺を向けていた。
———————————————————
後書き
更新期間が開いてしまいごめんなさい。前話で綾華と分かり合えたのでここで幸せ感満載の最終話を強引に書いてもよかったのですが、当初の予定通りあえて面倒くさい展開に繋げてしまいました。はたして最終話をかけるのはいつのなるのか……辛抱強くお付き合いいただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます