第36話 おっさん、覚悟を決める

 知らないうちに綾華を抱きしめながら寝ていたようだ。気づけば外から朝日が差していた。

 混濁する意識で腕の中を確認すると、血色の良くなった綾華の顔が埋もれていた。


 良かった、安心した俺は綾華の髪の毛を撫でホッとしていた。

 その刺激に反応したのかうっすらと綾華が寝ぼけ眼で俺を見てきた。


「……英二様」

「綾華、大丈夫か? 具合の悪いところはないか?」

「え? えぇ、わたくしは大丈夫ですわ」


 綾華は微笑みながら俺の胸に頭を擦り付けてきた。

 良かった、無事に目を覚ましてくれて。俺は綾華の背中に手を回し優しく撫でた。


「ひゃうっ!?」


 綾華が聞いたことのない声で驚き身体を固める。

 どうしたとばかりに覗き込むと、顔が真っ赤だった。

 顔だけではなく首から肩から見える肌全部が桜色に染まっていた。

 本当にどうしたとと思った時、背中を撫でる感触に布地がない事に気づく。


 ……俺ら、真っ裸で密着している状態だった。


 それに気づいた瞬間、俺の体も一気に熱くなった。

 不可抗力で下を向くと俺の胸に不可抗力で押し潰されている桜色の双丘二つ。

 当然、朝起きという事と刺激の強い光景に俺の富士山も一気に反応してしまった。

 トランクス越しとはいえ、密着していれば否が応でも綾華もその変化に気づく。


「え、英二様……」

「ご、ごめん綾華。これは男の朝の生理現象というか。そもそも何で裸で毛布にくるまっているかというとだな」


 俺は広場で綾華を発見してからの一部始終を説明した。

 俺に非があるとはいえ軽装で外に飛び出す事の危険性もちょっと言い含めた。

 綾華はしょんぼりと自分の浅はかさを悔いるような顔で瞳を伏せた。


「申し訳ございません。わたくしを温めてくださったんですよね。温かいですわ、ありがとうございます。それに殿方の生理現象については学校の保健の授業で習いましたから大丈夫ですわ。あと、その……」

「その???」


 未だに全身を桜色にして口ごもる綾華を覗き込むと、顔を下に向け視線をさまよわせていた。

 訝しむ俺が優しく頭を撫でてやると、胸に頬を押し当てて言ってきた。


「その赤ちゃんの作り方などもキチンと習いましたわ」


 真っ赤な顔で瞳を潤ませながら見てくる綾華に理性が吹っ飛びそうになる。

 ヤバイ、ヤバイ、ここで暴走したら風呂場の二の舞だ。

 暴走を抑えても富士山の暴発の危険もありクソヤバイ。


「綾華、ちょっとごめん」

「え、英二様!?」


 背中に回していた手を下げたことにより、綾華が身を硬くして戸惑う。

 暴走して綾華の色々なところを触ろうとかじゃない。

 俺はトランクスの上から元気な富士山の位置を修正し股の下に挟む。


 何をしたかというと……男なら誰しもやったことのある女体化の術。


 男が修学旅行とかで浴場に入れば、必ずやる奴がいる。

 自分のイチモツを正面から見えないように股の下に挟んで隠し、「見て見て、女子になっちゃった♪」とか騒ぐ馬鹿。

 密着しているし綾華を嫌な気持ちにさせずに俺の暴発を押さえるにはこれしかない。


 ただ、これ……富士山になっている状態でやるとメチャクチャ辛い。

 何が辛いって、元気なのを強引に収納しているわけだから折れそうで痛い!!!


「英二様、何かお顔が辛そうですわ」

「だ、大丈夫、ちょっと、煩悩をアレしているだけだから」

「英二様がお辛いのは嫌ですわ。我慢とかしないでくださいませ」


 いや、男女が裸で密着している状態で我慢しなくていいとか何を言っているんですかアナタ。

 もう、色々と我慢しないとヤバくて必死なんですよこっちは。


「お、おう。その気持ちだけで嬉しいよ。ありがとうな。それより綾華に謝りたいことがある」

「わたくしに?」

「うん。風呂場では優しくできなくてゴメン。怖かったろう」

「あ、いえ、その、わたくしも混乱してしまい申し訳ございません」

「いや、あんなに乱暴に扱ったら混乱して当たり前の事だ。ごめんな、男との風呂なんて初めてで勇気を出して一緒に入ってくれてたのに」


 俺を見上げる綾華の目から涙があふれた。

 何かまた傷つけるようなことを言ってしまったかと思ったが、綾華は俺の背中に手を回し抱きついてきた。


「どうした?」

「英二様のお気持ちが嬉しくて。わたくしこそ、申し訳ございません。今度はキチンといたしますから。混乱せずに英二様になら大丈夫ですから」


 こ、今度? それってつまりまた一緒に風呂に入ろうってこと???

 さっきといい今といい、無自覚に大胆発言するよね綾華。

 てか、そんなに胸を押し付けないで、せっかく神妙な話で収まりかけていた俺の富士山が痛い!!!


「英二様」

「うん?」

「大好きですわ」


 綾華が俺の胸に頬を擦り付けながらうっとりとした口調で甘えてくる。

 俺は綾華をあやすように髪を撫でつけると、綾華も落ち着き泣かなくなった。

 和解できたおかげか、綾華の柔らかさと何とも言えない幸せな気持ちが胸に染み込んでくる。

 薄日の指す本堂の窓を眺めながら、しばらく考えて俺は覚悟を決めた。


 うん、やっぱキチンと言わないとな。


「あぁ、俺も綾華が大好きだよ」


 途端に綾華が顔を上げて目を見開いてくる。

 そして、大粒の涙をこぼしながら口に手を当てまた泣き出した。


「ど、どうした綾華?」

「は、、、初めて、、、英二様がわたくしの事を、、、好きって」


 そういって綾華は「嬉しいです」と何回もいいながら俺の胸に顔を擦り付けてきた。

 なんか甘えてくる猫みたいだなと思いながら苦笑しつつまた髪の毛を撫でつける。

 しばらくして涙目のまま甘えるように見上げてきた。


「あぁ、大好きだよ綾華」


 照れくささを感じつつ綺麗だなと見惚れていると、綾華の顔が吐息を感じるほど近づいてきた。

 そっと綾華が目を閉じた。頬を桜色に染めながら若干震えている。


 これが何を意味するか分からないほど俺も朴念仁じゃない。

 顔をそっと綾華に近づけた時、


「英二ーーーー!!! いるかぁ???」


 扉がガラッと開いて、本堂の中に女性の声が響き渡った。

 思わず、身を硬くする綾華。俺はとっさに顔を扉に向けると中年の女が立っていた。


 知った顔だ。床で毛布にくるまる俺と綾華を見つけると、表に向かって「居たよぉ」って大声を出してドカドカと近づいてきた。


「よぉ、英二、久しぶり。生きてた?」

「これが死んでいるように見えるか? 相変わらず声がでけえな美津子」

「なんだい、久しぶりに会ったのに何かひどくない?」

「とりあえず、もう少し声を押さえろ。やかましいんだよ」

「あの、こちらの方は?」


 俺の腕の中で綾華は不安そうに顔を上げて美津子を見る。

 綾華の視線を受けて美津子はニヒっと笑顔を向けてきた。


「俺の幼馴染で良太の奥さんだ」

「あ、英二様のお友達の……」

「うわ、本当に英二の事を様付けで呼ぶんだね。良太から聞いていはいたけど実際に聞くとウケる」

「うっさいわ。それより、お前がここにいるって事は良太も?」

「うん、外の車で待機して他の連中と連絡を取り合っているよ。英二が最後に連絡くれた位置から、無事に居るとしたら神社の本堂だろうって良太がね。英二と綾華ちゃんが裸で抱き合っているとケースを考えて私が中を確認にしに来たわけ。キチンと温まるものと洋服も用意してきたよ」

「流石だな、助かったよ」

「私の旦那、最高だろ? すぐに着替えるものを持ってくるから待ってな」


 美津子はまたドカドカと歩きながら外に出て行った。

 たく、相変わらず賑やかな奴だなとボヤキながら、俺は布団から抜け出した。

 トランクス一丁で肌を刺すような寒さを我慢しながら自分の衣服を集め始める。


「あ、あの英二様」

「うん?」

「……いえ、何でもありません」


 心なしか布団にくるまったままの綾華は少し拗ねた様な表情をしていた。

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