第35話 おっさん、悔やむ
猛吹雪の中で綾華を担いで移動していたら手遅れになる。
朦朧とする意識の中、この辺りの地図を頭の中に思い浮かべた。
ガキの頃から良太と遊びつくした場所だ。
目隠しされていても場所を指定されれば辿り着く自信がある。
避難できそうな場所を頭に思い浮かべ方向を変える。
長い事、地元に帰って来ていなかったけど、あそこならまだ残っているはず。
感覚が狂っていないことを祈りながら、吹雪の中で必死に足を動かす。
「綾華、しっかりしろ!!! 大丈夫だ、もうすぐ助けるから」
しばらく進むと吹雪で霞む視界に古びた鳥居が見えた。
良かった、まだあった。
昔から人気が無く常駐の神主さんのいない神社。
温泉街にはいくつ神社があって、ここはその一つ。
定期的な手入れは行われているが警備的なものはザルだ。
俺が子供の頃は同年代の溜まり場だったし、本殿の中に入りこんでは遊びに夢中になった。
除雪が全くされていない境内を進むのは骨が折れたが、どうにか神社の本殿にたどり着き乱暴にカンヌキを抜く。
扉を開けると昔と変わらない埃っぽいが清浄な空気が充満していた。
よろめきながら中に入り後ろ手に扉を閉め本殿の中央に綾華を慎重に横たえた。
「綾華、綾華?」
頬を軽く叩いたが何の反応もない。くそっ、ヤバいな。身体が冷え切っている。
身体を温める物がないか周りを見渡したが、寂れた神社の本殿の中に暖房器具など置かれているわけが無い。
こうなったら、あれしかないか?
暖房器具もない状態で冷えた身体を温める方法。
雪山で遭難した時に定番。冗談のようだがマジに効果のある温め方。
遭難した時にクライマーさんたちなら男同士であろうと普通にやる。
そう、裸でお互いを温め合う。
もう一度周りを見渡して暖房器具が無いか確認する。
……無い。
せめて綾華の衣服が濡れていなければ、何か掛けて寝かせるんだけど。
衣服が濡れている状態では、どんどん体温が外に奪われて危険って祖父ちゃんが言っていたしな。
今考えれば四条家の茶屋に着替えの衣服にポットまであったのは凄い事だったんだな。
あー、でも俺が綾華の衣服を脱がす?
四十歳のおっさんが意識のない女子高生の衣服を脱がして全裸にする。
端から見たら犯罪の構図そのもの。しかも、ここは神聖な神社なんですが。
あぁ、もう綾華が危ないのにそんな事を気にしている場合じゃないか。
覚悟を決めて先に自分の洋服を脱ぎトランクスだけになる。
さっむ!? 寒すぎ!!!
慌ててコートだけ羽織り直す。コートから携帯を取り出したが相変わらずの圏外だった。
今頃はまだ外は大騒ぎだろう。商店街は夜通しで大捜索だな。
俺はカバンから厚手の大きめのタオルケットを取り出し綾華の横に広げる。
「綾華、今から洋服を全部脱がすからな? 身体を温めるためにしょうがなくだからな?」
意識が無いだろうが一応断わりを入れておく。
綾華のコートのファスナーを下ろしコートを脱がしニットも脱がすと、ボリュームのある綾華の胸がインナーを持ち上げていた。
一緒に風呂に入っておいてよかった。これ、初見だったらヤバいわ。
いや、風呂に入ったからこういう事態になったんだから、入らなかった方が良かったのか?
てか、ジーンズも脱がさないと駄目?
試しにジーンズに触るとビショ濡れだった。
くっ、脱がすしかないか。
覚悟を決めてジーンズに手を掛けると、しょうがないといえ背徳な気分になる。
思い切って脱がすと視界に入ったのは上品な純白のレースに淡いピンクリボンの下着だった。
それを見て思わず生唾を飲む。
イカン、今は人命救助、人命救助。煩悩退散。
頭から煩悩を振り払い、今度は綾華のインナーを確かめると濡れていた。
この分だと、ブラも濡れているんじゃないか。
ええい、ままよ!
思い切ってインナーも脱がすと、下とお揃いの純白の上品な柄のブラが綾華の双丘を包んでいた。
ええい、煩悩はさっき退散させた。見とれている場合じゃない。
試しにブラの肩紐を触るとやはり濡れていた。
あぁ、もうブラも外すしかないか。
そう覚悟を決めた時、俺は動きを止めた。
ブラってどうやって外すの???
生まれてから女性の下着なんて一回も脱がせたことが無い。
当然、ブラの構造なんて本の中でしか知らん。
背中か? 確か、背中に爪みたいのがあるんだよな。
綾華を横向きにし、背中を確認すると確かに爪がホックにかかっていた。
爪をホックから外すだけか、簡単だなって、あれ、ちょ、外れないんですけど。
これ、強引に引っ張ったら駄目なやつだよなきっと。
震える指で試すこと数回ようやく外れた。
とりあえず、深呼吸し横たわっている綾華からブラを抜きる瞬間、俺は目を瞑った。
こういう状況だから綾華の意識が無い時に、綾華の下着なしの無防備な胸を見ていいかといえば違う気がした。
目を瞑ったまま、綾華を抱き寄せ、胸が視界に入らないように密着した。
冷たい、身体がすっかり冷え切っている。
密着した分、綾華の胸の感触がダイレクトに俺の胸に伝わってくる。
今は人命救助、人命救助。煩悩退散。
気分を落ち着かせ、自分のコートを脱ぐと相変わらずの冷気が肌を刺してくる。
目を開けて綾華を抱きしめたまま、タオルケットの上に移動し寝転がる。
タオルケットで俺と綾華に冷気が入らず体温が脱げないようにキツク包んだ。
更に脱いだ俺のコートで綾華を包む。これで綾華の保温はバッチリのはず。
「綾華、しっかりしろ。朝になれば吹雪も収まっているだろうから一緒に帰ろうな」
目を閉じたままの綾華の顔を見ながら抱きしめ直す。
……細いな、綾華の身体はこんなにも細かったのか。
風呂場の時には気づかなかった。力任せに抱きしめれば折れてしまいそうなほどに細い。
こんなにも、か細い女の子に対して俺は、、、、、、。ごめんな、綾華、ごめん。
俺のようなおっさんを大切な存在だとずっと言ってくれたのに。
買い物の時でもクリスマス礼拝の時でも会う人全員に堂々と言ってくれて大事にしてくれていたのに。
肝心なところで態度をあいまいにするダメ男なのに。
知らず知らずのうちに調子に乗っていた。
綾華のような財閥令嬢に好かれて会社に行かなくても不自由なく暮らせて。
綾華の好意を無条件に受けられる環境に。
それを当たり前だと思い込んだ挙句、理性を押さえきれなくて暴走した結果がこれだ。
俺は馬鹿だ。ごめんな、綾華。
「綾華、こんな形で終わるなんて嫌だ。お前に怖い思いをさせて、寂しい思いをさせたのが最後なんて嫌だ。幸せにするから、きっと幸せにするから。二人で無事に戻ろう」
俺の体温を全部奪っていい。
それで、綾華の体が温まりまた笑ってくれるなら。
だから、頼むから回復してくれ。
綾華を優しく抱きしめ、吹雪で揺れる本殿の中、俺は祈りながら夜明けを待った。
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