第34話 おっさん、捜索する
ヤバイ、この雪国の雪の中をキチンと防寒せずに歩くなんて自殺行為だぞ。
しかも、田舎の夜は都会みたいに明るくないから余所者は一気に方向感覚が狂う。
早く綾華を探しに行かないと。
「姉さん、とりあえず離して。苦しい」
「今、商店街の若い連中に綾華ちゃんを探させている」
姉貴は一言いうと離し、目で何があったかと話せとばかりに促してきた。
親父たちとしては理由を知りたいのは当たり前なんだろうけど、、、
家族全員の前で俺と綾華の風呂場での失敗談を話せと?
四十の息子が女子高生相手に風呂場で暴走した挙句に部屋に置き去りにしたことを正直に話せと?
しかも家族+姪っ子にですよ。
やだ、何この罰ゲーム。
でも、ここで黙ったままじゃ拉致があかないし、綾華を探しに行く時間も遅くなる。
観念するしかない。もうどうにでもなれと言う気分だ
俺は良太に話した内容と同じことを一気に話した。
……流れる沈黙。
親父とお袋が困ったように視線を送り合う。
姉貴は先ほどの怒り顔から一転、呆れた顔で見てくる。
泣いていた亜紀は……やめて、そんな視線で俺を見ないで!?
「いや、まあ反省しています。綾華に謝ろうと思って部屋に戻るとこだったんだ」
「事情は分かった。英二、お前は綾華ちゃんを探しに行きなさい。私たちは旅館業務があるから動けない。亜紀ちゃんなら動けるが、この暗闇と雪の中では女の子連れじゃ危ないしな」
親父は頬をかきながらため息をついて探しに行くように促してきた。
確かに俺一人の方が身軽だしな。
急いで部屋に戻ると手早く着替えて、旅館の備品を漁り必要な物を揃えて旅館を飛び出した。
大雪になる前に探さなきゃいけない。
身軽さ優先のため、傘は持っていかない。
その代わり、厚着のコートにマフラーを巻き、前をしっかり閉じてフードを目深にかぶる。
姉貴の知り合いも探しているってことは商店街方面は探さなくて大丈夫だろう。
そっちで見つかって早く保護されるんのが一番なんだけど、連絡が無いってことはまだか。
……どこに向かった。
綾華の性格だ、気分が沈んでいる時にわざわざ人目に付くような場所にはいかないだろう。
かといって、全く土地勘のない場所で行ける場所なんて限られている。
……となれば、あっちか。
商店街とは正反対の方向、街灯が少なく暗闇が濃い方へ走り出す。
地元とはいえ、夜の暗闇を突き進むのは怖い。こんな中、綾華が歩いていると思うとゾッとする。
綾華が旅館を出た時は月明かりもあったから道も見えていたはずだが、今は雪雲のせいで真っ暗。
旅館から持ってきたヘッドライトの明かりを頼りに進む。
綾華が歩くスピードは遅い。いつも綾華の歩幅に合わせて歩いてたから大体の速さは分かる。
俺が旅館を出て十分くらい。綾華が旅館を出たのがその十五分前だ。
旅館を出た時間と今の時間帯を考えて、こっちに向かったのならもう少し走れば追いつける。
久々の雪の中の全力疾走。息が切れるのも早い。
くそっ、雪が激しくなってきやがった。
新雪に足を取られながらも、周りを注意深く確認しながら進む。
ダイエットの時から毎日運動していたとはいえ、雪の中の駆け足はキツい。
走り過ぎたせいか咳き込むように呼吸を整えようとするが、肺に入ってくる空気が冷たすぎて痛い。
コートの中から携帯を取り出し、旅館のグループチャットを確認したがまだ見つけたという報告はない。
商店街の方ではさらに人手を増やして捜索してくれているみたいだが目撃情報もない。
ここまで情報が無いなら、やはり商店街方向ではなくこっちか。
念のため、俺もグループチャットで報告を打ち込んでおいた。
無事でいろよ綾華。
帰ったらいくらでも謝るから。お前の望むこと何でもしてやるから。
これで、綾華に何かあったら悔やんでも悔やみきれない。
最近は綾華が明るくなっていたから忘れていた。
あいつは兄貴を亡くしてショック状態だったんだ。
俺を拠り所として立ち直っていただけだ。
そんな俺が自分の事しか考えずに暴走した挙句に、拒絶同然の行動をすれば綾華はどうなる。
混乱して自暴自棄になるに決まっている。良太の言う通りだ。馬鹿だ俺は。
胸にこみ上げる感情をこらえながら、雪の向こうに視線を凝らし、再び走り始める。
目的地は初日にヘリが降り立った場所。
人気が無いが近くの公園を見てたいって綾華が言っていた場所。
雪に視界を遮られながら必死に走る。コートの中は汗まみれだ。
カバンの中からホッカイロを取り出し、身体が冷えないようにコートの中に放り込む。
広場に着くと雪のせいもあり静寂に包まれていた。当たり前だが人はいない。
だが、広場の入り口は除雪されており中に入ることはできる。
カバンから強力な懐中電灯を取り出しワイドビームで周りを照らすが、除雪時に出来た雪山が歪な壁を作り奥まで見えない。
「綾華ぁ!!! いるなら返事しろ!!!」
くそ、音が雪に吸収されて遠くまで届く気がしねぇ。
綾華も馬鹿じゃない、むしろ頭が良い。
雪が強くなりゃ広場の真ん中でのんびりしているわけが無い。
この暗闇の大雪の中、下手に戻ろうとすれば遭難することは目に見えてる。
雪を避けれる場所にいるはずだ。俺は広場の木々の下を照らしながら注意深く観察し歩く。
ふと、人の気配を感じてそっちを照らした。
大木の下で綾華がうずくまっていた。
頭から雪をかぶり洋服も雪まみれだった。
「綾華、しっかりしろ!!!」
雪に足を取られながらも綾華に駆け寄り、雪を払い落しながら身体を揺さぶる。
聞いていた通り、防寒が甘くコートの隙間から雪がコートの中まで入り込んでいる。
緩慢な動作で顔を上げてきた事に安心したが、顔を見た途端絶句した。
目がうつろで唇が青く身体が小刻みに震えている。
やばい、低体温症になりかけている。下手すりゃ、なっている。
力のない瞳で俺を見ると涙を流しながら力ない声で答えてくる。
「……英二様?」
「綾華、大丈夫か? しっかりしろ!」
「申し訳ありません、申し訳ありません」
綾華は俺の方に倒れこみ身体を預けてくる。
手袋を外し綾華の首元に手を差し込むと衣服がかなり濡れていた。
こんなに濡れていたらホッカイロを突っ込んだところで焼け石に水だ。
早く旅館に連れて行って体を温めないと。
「なんで、お前が謝る。悪いのは俺だ。考えなしに酷い態度とって悪かった」
とりあえず、綾華を見つかったことを知らせようと携帯を取り出したが……圏外になっていた。
そういやここら辺は普段から電波悪いんだっけかな。おまけにこの悪天候だ。
これだから田舎わよ!!!
綾華を背負って旅館まで行くしかない。
ぐったりする綾華を背中に乗せて歩き出すと、耳元で綾華がささやいてきた。
「申し訳ありません。わたくし……英二様が部屋を出ていかれた時……」
「今はそんなこと言っている場合じゃない! 帰るぞ!」
「……英二様」
綾華の顔が俺の首筋に力なく落ちてくる。
頬に触れる綾華の肌は恐ろしく冷たい、背中を揺すったが何の反応もなかった。
「綾華? おい、寝るな起きてろ!」
チキショウ、早く広場を出たいのに、どんどん積もる雪に足を取られて思うように進めねぇ。
しかも、こんな時に吹雪いてくるのかよ。
俺は首元に巻いていたマフラーを外し、吹雪が綾華の顔に当たらないように覆った。
俺の汗で臭いかもしれないけど我慢してくれ綾華。
この状態で旅館まで背負って行って間に合うか。
亀のような鈍さでしか進めないのがもどかしい。
「起きてくれ、頼む、起きてくれ綾華。すまなかった、俺が悪かった。旅館に戻ったら何でもしてやるから」
一歩ずつ転ばないように歩きながら背中を時折ゆらし、綾華の意識を取り戻そうとするが反応が無かった。
綾華の意識を戻したくて必死に話しかける。
「旅館にいる間だけじゃない。四条家に戻っても沢山甘えていい。これからもずっと我がまま聞いてやるし、ずっと傍に居てやるから」
反応のない綾華に気ばかり焦り泣きたくなる。
早く、少しでも早く旅館に戻らないと。
寒さのせいか足先の感覚が痺れてきやがった。横殴りの吹雪が容赦なく叩きつけてくる。
朦朧とする意識の中、綾華を背負う手に力を込めて足を動かした。
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