第33話 おっさん、説教される

「綾華、ちょっと外でタバコ吸ってくる」


 風呂の扉越しに一方的に告げた。

 扉のスモーク越しに綾華の身体が強張るのが分かった。


 浴衣の上からジャケット着込んでタバコを引っ掴み、綾華の返事を聞かずに部屋を出た。

 期待したのが馬鹿みたいだ。忘れてたよ俺は不細工なおっさんだって。

 少し鍛えて腹をへこませたところで変わらない。


 あれほど好意を寄せていてくれてても、いざ触ろうとしたら怯える。

 なんなんだよ、今まで我慢してたのはこっちだぞ。

 風呂に一緒に入りたいって言ったのはあっちだろ。


 だったら、いいだろ。

 風呂場でキスして胸を触ろうとしてもいいだろ。

 なんなんだよ、怖いって訳わかんねえよ。


 気づけば、旅館の裏口に着いていた。

 雲一つない星空を見上げながら煙草に火をつけ盛大に吹き上げる。


 ふぅ、今夜は親父たちの部屋で寝ようか。


 ぶっちゃけ、あんな拒否をされた後で布団を並べながら仲良く手を繋いで寝るなんて出来んわ。

 ひょっとしたら綾華は寂しがるかもしれないから、亜紀に綾華と一緒に寝てもらうか。

 綾華も怖い俺と居るより、その方がいいだろ。


 うんうん、名案だ。


 二本目の煙草に指を掛けた時に裏口の扉が開く音がした。

 出てきたのは缶ビールとビニール袋を持った良太だった。

 俺を見つけた途端に何故か顔をニヤニヤさせた。


「どうだ? 綾華ちゃんと風呂に入れたのか?」

「あぁ、まぁ、うん、さっき一緒に入った」


 良太は口笛を吹きながら、隣でビールを口を開けながら肩をぶつけてくる。

 上機嫌で笑いビールを一気に飲み干し、缶ビールをに取り出し俺に一つ渡してくれた。

 風呂場での醜態を苦々しく思い出しながら貰ったビールに口を付ける。


「んで、風呂場で下手こいたか?」


 思わず口に流し込んだビールにむせた。

 何で分かったよと良太を睨むと、図星かとばかりに肩で笑っていた。


「そりゃ、分かるさ。上手くいってりゃ、こんなところで一人寂しくタバコを咥えてないで、部屋の中で第二ラウンドの真っ最中さ」


 相変わらずの察しの良さだなコンチクショウ。

 そういや、コイツは学生の頃から何かと目端の利く方だったな。

 ソレに助けられたこともあれば、犠牲にされた事もあったし。


「へいへい、どうせ下手こきましたよ」

「童貞のお前にはいきなり一緒のお風呂はハードル高かったか。でも、胸とかなら少し触れたり出来たんだろ?」

「……」

「触れてないの? マジで?」

「……」

「それすら出来てないで下手こくって何をやってんのお前は」


 良太は本気で呆れた視線を向けてきた。

 いや、まあ、確かに胸すら触れていないのに綾華に拒否られる俺って何なんだろうな。


 ……そう考えると、何がいけなかった?


 何か訳が分からなくなったので、風呂場でのことを正直に話した。

 良太は夜空を見上げながらタバコを吹かしながら言ってくる。


「なるほどね。まあ、お前が馬鹿だ」

「なんでよ?」

「お前さ、綾華ちゃんが未経験の十六歳の箱入りお嬢様って分かってる?」

「分かってるさ」

「じゃあ、箱入りお嬢様が風呂場で豹変した男に力任せに抱きしめられて、背中まさぐられて首筋に顔をうずめられて乱暴にタオルを脱がされそうになったら、どう思うかぐらい考えろ」

「……好きな男になら嬉しいんじゃないの???」


 良太は盛大なため息とともに首を横に振り、缶ビールのフタを開けて「お前はアホか」という目を向けてきた。

 「なんだよ、違うのかよ」と視線で抗議しながら、俺も缶ビールのフタを開けた。


「AVやギャルゲに毒され過ぎた。あれだろ、女は好きな男になら強引にされても許す、どんなプレイでも最初は嫌々といいながら最後は喜ぶとか思ってんだろ?」

「いや、まあ、えっと違うの?」

「馬鹿かお前は。あんなん全部男の都合の良いように作っているに決まってんだろ。じゃあ何か、電車で痴漢すれば女が全員喜ぶとか思ってんの?」

「テ、テクニシャンなら喜ぶんじゃ?」

「お前はもう死ね!!!」


 再び盛大なため息をつきながら頭を掻き、ビールを飲みながらイラついたように言ってくる。


「仮にそういうのが本当ならよ、お前は歓楽街で酔い潰れてオネエの人たちに襲われて最後までされたら喜んでオネエの世界に目覚めるんだな?」

「ならないならない。やめて、トラウマえぐるようなこと思い出させないで」

「そん時の相手がお前よりガタイのいいマッチョなおっさんだったらどう思う?」

「ヤダ、怖えよ」

「その感情が綾華ちゃんがお前に対して抱いた恐怖心だよ。シチュや細かい感情は違うだろうがな」


 ……ごめん、綾華。俺が間違っていた。


 確かに自分に力の勝る男に強引にされたら恐怖しか無い。

 でも、好きなら多少強引でも許してくれてもよさそうなもんだが。

 その疑問を良太にぶつけると雪を投げつけられた。


「だ・か・ら、綾華ちゃんの年齢を考えろ! しかも未経験だぞ」

「だって、一緒に入りたいって言ったの綾華だし」

「十六歳の箱入り娘が持っている知識なんてたかが知れてんだろ。恋人とお風呂でイチャつくって事を知ってても、中身は相当美化されてんだよ。お前のことを好きで信頼していても、思っていた内容と少しでも違えば一気にパニくるに決まってんだろ。むしろ、信頼していたからこそ余計にショックがデカイだろうよ」


 なるほど、女心ってメンド……ムズイな。


「今すぐ、部屋に戻って綾華ちゃんに土下座して謝ってこい。そういう事しておいて綾華ちゃんを一人で部屋に残して出てくるなんて最悪だぞ。あの子の性格からしてすっごい傷ついているぞ」 


 良太がそう言った時、館内放送が鳴った。


『業務連絡、業務連絡。至急、四階配膳室に九番をお願いします』


 その館内放送の内容に良太は訝し気な表情を浮かべた。


「四階って親父さんの総支配人室しかないだろ? しかも、九番って忌み番だろ」

「あぁ、あの館内放送はウチの隠語だ。俺に急いで親父のところまで来いってこと。行ってくる」


 良太と別れて裏口から入ると、何故か館内が異様な雰囲気に包まれていた。

 時間帯的に暇をしているはずの従業員たちが慌ただしく動いている。


 普段なら忙しい時間帯でもないのに変だな。


 四階に着き総支配人室の扉を開けると、いきなり襟首を掴まれ壁に押し付けられた。

 後頭部に鈍い痛みを感じながら押し付けてきた相手を確認すると、鬼の形相をした姉貴だ。

 ……ヤバイ、これはかなり怒っている。


「英二、綾華ちゃんに何をした?」


 状況が飲み込めず、支配人室を見渡すと、親父とお袋と何故か目を真っ赤に泣いている亜紀が居た。

 壁に押し付けられたまま、親父に訝し気な視線を向けると渋面で答えてきた。


「綾華ちゃんが泣きながら旅館から出て行ったみたいだ。しかもロクな防寒もせずに」


 親父の言葉に絶句しながら俺が窓の外を見ると、先ほどとはうって変わり暗闇の中に大雪が舞い降り始めていた。

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