第30話 おっさん、亜紀に嵌められる

 大掃除が終わり風呂も飯も食い終わった後、綾華は亜紀と一緒に俺のアルバムを見ていた。

 亜紀は例によって職権乱用で俺らの部屋の夕飯に同席し、その後もノンビリと居座っている。

 俺としては綾華が亜紀と楽しそうに過ごしてくれるのは嬉しい事だから特に文句はない。


「この頃の叔父さんって可愛いよねぇ」

「ホント、いつもお姉様と一緒に写ってて仲がよろしい事で微笑ましいですわ」

「うわ、この写真の叔父さんギャン泣きしているじゃん」

「お姉様が優しくあやしてらっしゃいますわね」


 子供の頃の俺はいつも姉貴の後ろをついて回っていたらしい。

 俺にそんな記憶はないが親父やお袋は酒の席で必ずネタにするし、姉貴も旅館の経営で忙しかったお袋の代わりに俺の面倒を見てたので俺の寝小便の記憶までキチンと覚えられている。

 だから、俺は子供の頃から今に至るまで姉貴に頭が上がらない。


 姉貴とは中学校や高校も同じだったため、俺が良太と一緒に喧嘩をやらかした後には、お袋の代わりに学校で謝ってくれていたため、頭が上がらないのは良太も一緒。


「この頃の浴場って昔から変わらないんだねぇ」

「何度か改修はしているけどな、浴場は基本的に変えない方針らしいぞ。家族用の風呂は今どきの内装にしてるけどな」


 ウチの旅館は有名ではないが大正時代から細々と続いている老舗らしく、浴場の内装や源泉かけ流しの方針は創以来、ご先祖の方針を代々守っている。

 そうは言っても旅館も商売なので、各部屋に設置している家族用の温泉風呂は改装のタイミングで流行に合わせて変えている。


「あー、そう言えば叔父さんと一緒に入ったお風呂は綺麗だったもんねぇ」


 その瞬間、綾華の笑顔が固まった。

 アルバムをめくる手も途中で止まっている。

 心なしか震えている。


 ……これは嫌な予感がする。


「あ、亜紀さん。英二様と一緒にお風呂に入った事がございますの?」

「うん、あるよ。小学生低学年くらいまでは時々ね?」


 綾華が拗ねた様な目で俺を見てくる。その目が『わたくしとじゃなくて亜紀さんとだなんて』と訴えてきている。

 いやいやいやいや、亜紀は姪だからね。しかも、小学生低学年の時の話だよ?

 しかも、君は初日に風呂を一緒に入ると勘違いして顔を真っ赤にしていたくらい純粋でしょ。


 そんな綾華の雰囲気に気づいたのか亜紀がにやけ顔でこちらを見てくる。


「そうだぁ、叔父さん。せっかくだから綾華ちゃんと一緒に家族風呂に入ったら?」


 その途端、綾華の顔が茹でタコの様に真っ赤になる。

 だから、顔を真っ赤にするくらいなら最初から拗ねなければいいのに。

 綾華はこういうのに免疫が無いんだから亜紀も悪ふざけはやめて欲しい。

 俺はため息をつきながら亜紀に顔を向ける。


「アホか。俺が綾華と入ったら犯罪だろ。それに綾華だって恥ずかしがってるんだからやめろ」

「え~、綾華ちゃんと一緒のお風呂に入れるなんて、こっちにいる時だけだよ?」

「こっちにいる時だけでも入らんわ。綾華も困ってるんだからやめろって」

「……ません」


 小声のした方を見ると綾華が真っ赤な顔でうつむき浴衣の上で握りこぶしを作っていた。

 ガバッと真っ赤な顔を上げながら、少し潤んだ目で俺の目を見つめてくる。


「わたくしは困っていませんわ! わたくしも英二様とお風呂に入りたいですわ!!!」


 ちょ、待て待て待て待て待て待って!?

 ありえないでしょ、ありえないから!


 四十歳のおっさんが十六歳の美少女女子高生と一緒にお風呂に入った日には即逮捕。

 しかも、綾華は出るとこ出てて引っ込むところは引っ込んでる隠れグラマースタイルって亜紀が言ってたし。


 そんな子と四十歳童貞親父がお風呂に入ってみ?

 俺の息子がオールウェイズ三丁目の富士山よ?


「綾華、落ち着け。いいか、年頃の女の子が軽々しく男と一緒にお風呂に入るとか言っちゃ駄目だろ?」

「え? 年頃の女の子だから好きな人とお風呂に入りたくない?」


 おう、お前は黙ってようか亜紀。


「それに、そんなことしたらお父さんやお母さんが悲しむぞ?」

「そんなん、黙っていれば問題なくない?」


 だから、お前は黙ってようか亜紀。

 てか、まさかお前は恋人とお風呂入ったことあるんじゃなかろうな。


「それに、俺の実家で一緒にお風呂入るとかヤバいぞ」

「いや、綾華ちゃんの実家で入る方が無理ゲーでしょ」


 じゃあ、ホテルで入るしかないかってちゃうわ!

 亜紀のせいでペース狂いまくり。


「そ、そうですわ。ここで英二様と一緒の時しか入れませんもの」

「叔父さん、ここまで綾華ちゃんが言わせといて恥をかかせる気?」


 亜紀がニヤけ顔で抗議してきた。

 色々と反論してきたのはお前だけどな亜紀。

 綾華は真っ赤な顔をして再び俯いてしまう。

 多分、勢いで言ったが内容がはしたなさすぎると反省中なんだろう。

 

 まあ、異性と風呂なんか入った事のない綾華が、こんな事を言い出すなんて相当勇気のいる事だろう。

 綾華は筋金入りのお嬢様だし、男性と付き合った経験すらないし。


 そんな綾華のお願いを断れば、今後の綾華の恋愛に悪影響を及ぼすだろうし、何より女性としての自信を傷つける。俺が意固地になればなるほど尚更なおさらだ。

 はぁ、しょうがないか。


「分かったよ、一緒に入ろう綾華」


 途端に顔を真っ赤にした綾華が薔薇の咲いた様な笑顔で頷いた。

 恥ずかしがるか嬉しがるかどっちかにすればいいのに。


「じゃあ、善は急げってことで叔父さん行ってらっしゃい」


 亜紀が片手を部屋の家族風呂を向けて敬うように道を開けて頭を下げる。

 俺はその頭をスパーンと引っぱ叩いた。


「いったぁい、叔父さん何をすんのさ」

「うるせぇ! 何が悲しくて女性との初風呂を姪にサポートされにゃいかんのだ! それに今夜はもう風呂を入ったから入るとしたら今度だ今度!」

「叔父さん、今サラッと悲しいこと言わなかった?」


 うっ、確かに四十歳になるまで女の人とお風呂に入ったことが無いと姪にカミングアウトしてしまう叔父。

 これは顔から火が出るほど情けない。


「とりあえず、綾華ちゃん。叔父さんと初めて一緒にお風呂に入る女性でおめでとう?」

「でも、亜紀さんも英二様とお風呂に入られたことがあるのでは?」

「私の場合は身内だから、世間一般で言う異性と一緒にお風呂に入るってのにはノーカンだよ。それにその時は小学生だったし」


 亜紀が手をヒラヒラと振ると綾華は嬉しそうな顔で頬を染めた。

 もうなんか俺を置いてきぼりな雰囲気で二人が盛り上がる。


「それにね、綾華ちゃんと一緒にお風呂に入るって事は叔父さんにとって社会的地位のアキレス腱だからね。何か困った事があれば、これをネタに叔父さんを強請れるよ?」


 オイ、変なことを綾華に吹き込むな。むしろ、何かを強請ってくるとしたらお前あきの方だろ。

 俺は多少の頭痛を覚えながら亜紀の口車に乗って約束してしまったことを軽く後悔した。

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