第31話 おっさん、綾華と家族風呂に入る

 綾華と風呂の約束をしたが、なかなか誘えないまま年末を迎えた。

 昨日、大浴場で一緒になった良太から商店街の騒動を笑われるし、綾華と風呂の約束をしながらも誘えない俺を辛辣に「こじらせチキン童貞」とせせら笑われた。

 「約束をしたのに早く誘わないのは女性に対して失礼だろ。綾華ちゃんが男を風呂に誘うなんて出来る訳が無いし、一緒に入りたいと言っただけでも相当勇気が必要だったってお前わかってる?」とも怒られた。


 言うのは簡単だけどね、いざ誘おうとすると勇気が出ないのよ。

 昨日も一昨日も風呂の時間の時に微妙な雰囲気が流れちゃったし。

 大浴場と言った途端に綾華の顔が少し陰ったから、きっと綾華は待っていてくれたんだろう。


 でも、約束した次の日にすぐに誘うとか、ガッツいているみたいで嫌じゃないか。

 昼に亜紀にそう言ったら「だから叔父さんは何時まで経っても童貞なんだよ」と突っ込まれた。


 今日もそろそろ風呂の時間、そっと衣服を用意している綾華を窺えば背中が少し寂しそうだ。

 残りの期日も考えれば誘うなら今日しかないか。年末だしキリもいいだろう。


「あー、綾華。一緒に入ろうか風呂」


 途端に綾華が跳ね上がる様に俺の方を向き、真っ赤な顔で頷いた。

 とりあえず、俺が先に入って綾華を待つべきなのだろう。

 ラブコメだとラッキースケベ以外では男が先に入っているのが定番だし。

 これがギャルゲーや熟練のカップルなら脱衣所でお互い脱がしっこを楽しむ場面だろうが。


「と、とりあえず、俺が先に風呂で待っているから用意が出来たら来てね」

「か、かしこまりました。あの、英二様」

「うん、ど、どうした?」

「お背中をお流ししたいので、洗うのは待っていてくださいませ」

「え?」

「亜紀さんが殿方は女性に洗われると喜ぶと言っておりました」


 あいつ余計な入れ知恵をしやがって。

 ただでさえ無心にならなきゃいけないのに、そんなことされたら意識しちまう。

 そういうのは、既にコトを済ませたイチャラブカップルのする事だ。

 だが、綾華は入れ知恵を素直に信じて洗う気満々だ。

 ここで変な押し問答をすれば入る前から微妙な雰囲気になってしまう。


「……分かった。じゃあ、とりあえず風呂場で待ってるよ」


 綾華の顔を見たら内心テンパっているのがバレるので、俺は視線を合わせず足早に脱衣所に向かった。

 あぁ、やばいやばいやばい、何事もなく済ませたいのに難易度たけぇよ。

 大丈夫だ大丈夫だ大丈夫、いざとなったらお袋の裸を思い浮かべるんだ。

 あ、想像したら少し吐き気が……。


 俺が脱衣所で時間かけていると綾華が困るので、さっさと衣服を脱ぎタオルを腰に巻いて風呂の洗い場に入った。

 風呂場は四人家族が入っても十分な広さの檜風呂になっており、常にかけ流しの温泉が浴槽から溢れている。

 おかげで洗い場に入っても浴室が寒いという事はなく、暖気と檜の香りが緊張した気持ちを和らげてくれた。

 

 とりあえず、大人の余裕を見せなければならない。

 俺がテンパっていては、勇気を出して入ってくる綾華を困らせてしまい最悪の展開もありえる。

 ふぅー、落ち着け、とりあえず、檜のバスチェアに座り深呼吸。


 風呂場で聴こえてくる音は溢れ出る湯の音と流れていく音、そして全力ダッシュした時の様な俺の高鳴る鼓動。

 狭い空間で綾華と二人っきりになるが浴槽は十分広いから密着の事態は避けられる。

 大丈夫だ、上手くやり過ごせるさ。


 やがて、脱衣所で綾華がゴソゴソとする気配がした。

 ふと、俺は嫌な予感がして綾華に念のため忠告する。


「綾華、まさかとは思うけどキチンとバスタオルを巻いて来てな?」

「え、よろしいですか? 大浴場では巻かないのが決まりと聞いていたのですが」

「いやいや、今日はいいから巻いてくれ。でないと、ごめん、ちょっと俺が無理」

「か、かしこまりました」


 あっぶな、あっぶなぁ、忠告してよかった。

 真っ裸で入られたら流石にもう無理だから!

 どんだけ、円周率やお袋の裸を思い浮かべても吹っ飛ぶから!


 やがて、背後でドアの開く音がした。


「し、失礼いたします」


 首だけで振り返るとバスタオル姿の綾華が立っていた。

 普段は白い肌を桜色に染めて、指を腰下で絡ませ俯いて少し身体を震わせている。


 なるほど、バスタオルの上からでも分かる、確かにこいつぁ亜紀の言う通りだ。

 染み一つない艶やかな細い肩から視線を下げれば隠しようのない山二つ。

 普段は清楚な服装で胸元は見えないし、浴衣姿の時も胸元は隙間なく着こなしていたため、ここまでとは気づきもしなかった。

 バスタオルから覗く白い太腿も引き締まり細長い。この分だと腰回りに無駄な肉は無いのだろう。


 そこまで観察してしまって慌てて顔を逸らした。

 流石にマジマジと凝視し続けたら綾華は羞恥のあまり泣き出しかねない。

 何より俺のが富士山になりそう、てか脳裏に焼き付いてしまった綾華を消去しないと確実になる。


 出番ですよ、お袋!!! ガハハと笑うお袋を思い浮かべた途端に落ち着く富士山、流石だよお袋。


「え、英二様、お身体をお洗いいたします」


 男性の身体なんて洗った事ないだろう、綾華の声が震えている。

 とりあえず、俺は背中を綾華に向けながら声を掛ける。


「えっと、とりあえず洗ってくれるのは髪と背中だけでいいからね?」

「え、亜紀さんからは全身をくまなく洗ってあげてくださいと言われているのですが……」

「あのバカ姪!!! 本当に髪と背中だけでいいから。残った個所は自分で洗うから」


 なんつう知識を綾華に植え付けているんだ 亜紀あいつは。明日、会ったら説教してやる。

 綾華が近寄ってきて下を向く様に優しい声で促してくる。

 言われた通りに顔を下に向けると、俺の髪の毛がお湯で濡らされていく。

 伝ってくる水が目に入るので俺は目を閉じた。

 綾華が手で梳く様に俺の髪の毛を優しく撫でてくる。


「綾華、もっと適当でいいぞ?」

「駄目ですわ、まずはシャンプーの前にお湯で軽く汚れを落とさないと。その後にシャンプーで洗うと汚れが綺麗に落ちると美容の授業で習いましたの」


 マジか、学校でそんなことまで習うのか。てか、美容の授業なんてあんの?

 シャンプーを手に取った綾華が頭皮を指の腹で優しくマッサージしてくる。

 おー、気持ちいい、いいわぁこれ。でも、これって髪の毛を洗ってなくないか。


「綾華、頭皮マッサージはありがたいんだけど髪の毛も洗ってくれると嬉しい」

「授業で習ったのですが、シャンプーで髪を洗おうとすると、それだけで髪のダメージに繋がるそうですわ。水分を含んだ髪は刺激を与えると痛みやすいので。シャンプーは頭皮に溜まった老廃物や皮脂の汚れを落とすのが肝心ですの。そして、この様に頭部の筋肉をシャンプーによって動かすことで血の巡りを良くするのも艶やかな育毛に良いそうですのよ」

「まじか、今まで爪を立てて激しく洗うのが正解だと思ってたわ」


 だから、薄ハゲが進行していたのだろうか。せっかく、ストレスフリーで薄毛が若干解消されているんだから洗髪に気を付けようかな。

 にしても、これが俗に言う頭皮マッサージか。

 良太が美容室で良くやってもらうって言ってたけど、確かに気持ちいいな。

 普段は床屋しか行かないから、こんなに心地よいものだとは知らなかった。


「洗いにくいので前に移動しますわね」


 そう言い、気配で綾華が俺の前にまわったのが分かる。

 待て、綾華が前にいるって事は目を開ければ綾華の太ももが目の前にあるだろうし、うっかり頭を上げたりしたら綾華の胸に頭がぶつかるわけで……。

 俺は決して開けまいと更にきつく目を瞑る。


 頭部の前側を綾華が丁寧にマッサージしてくれる。

 相変わらず気持ちいいのだが、それを堪能している余裕は無い。

 早く終わって綾華が目の前から退いてくれという気持ちでいっぱいだった。


 やがて、頭の泡が流され頭がスッキリする。

 後は綾華がどいてくれるのを待つだけだと思ったその時、


「きゃっ!?」


 突然の悲鳴に俺は思わず目を開け顔を上げる。

 頭に柔らかい感触が当たったと思ったら、目の前で綾華が後ろ向きに倒れそうになる。

 思わず手を伸ばし倒れる綾華の細腕を掴み、強引に引き寄せる。


「危なかったぁ、いきなり悲鳴をあげたから驚いたぞ。どうしたんだ?」

「いえ、首筋に水滴が落ちてきたもので思わず驚いて……」

「あ~、冬場の風呂はよくあるよ。湯気が天井からポタリと背中に落ちてくるし」

「あ、あの英二様。支えていただいたのは嬉しいのですが……」


 そう言うと、綾華は真っ赤な顔で気まずそうに身を揺する。

 どうしたと綾華を確認すると、引き寄せた反動からか綾華のバスタオルが緩み、乳白色の双丘の上半分が露わになっていた。

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