第28話 おっさん、綾華と商店街で騒がれる

 朝食を終えた俺たちは、綾華の希望により地元を案内する事になった。

 今日の雪かきは地元の消防団が頑張ってくれる日だし、綾華の厨房ヘルプは午後三時からだ。


 旅館を出ると相変わらずの曇天だった。雪が降っていないとは言え、空気は肌を刺すような寒さ。

 実家に来た時以上に防寒具を着こみ、観光客で賑わう商店街へと向かった。


「わぁ、凄い人の多さですわ」

「年末年始は温泉客で賑わうからなぁ。スキー場も近いし、この時期は何処の店も忙しいよ」


 綾華の手を取りながら、商店街を歩いていく。

 高校の頃は学校帰りによくここで同級生たちと買い食いをしたりゲーセンで時間をつぶした。

 ここら辺で買い物ができるのは商店街だけなので、自然とアットホームな雰囲気が根付いている。


「あら、英ちゃんじゃないかい。久しぶりだねぇ」

「英二ひさしぶりだな、何か買っていくか?」

「英二、隣の可愛い子は嫁さんか?」


 知り合いのおっちゃんやおばちゃんが俺を見つけるなり声を掛けてきた。

 嫁さんと呼ばれた綾華は頬を染めながら会釈を返している。

 いやいや、どう見ても女子高生の綾華が嫁さんとか変だろおっちゃん!


「英二様は人気者ですのね」

「人気者というか、子供の頃から通っている商店街だからな。顔馴染みばかりだよ」


 適当に返事を返しながら進んでいくとポツポツと屋台が見えてきた。

 綾華は屋台の前を通る度に物珍し気に見ている。

 

「屋台が気になるか?」

「えぇ、遠目に見たことはございますが買ったことはありませんの」

「マジで? 近所の祭りとかで買い食いしたことないの?」

「お祭りには行ったことがございませんわ。中等部までの夏休みは学園で毎日お勉強でしたから」

「マジかぁ。祭りに行ったことないとか人生の半分は損しているぞ。今度の夏休みは一緒に行くか」

「よろしいのですか!? 嬉しいですわ、ぜひ行きたいです」


 嬉しさのあまりか、歩きながら俺の腕を抱きしめてきた。

 なんか、実家に来てから綾華の子供っぽさが目立つような気がするな。

 四条家や学園の綾華は、いかにもお嬢様という立ち振る舞いが多いが、こっちでは年相応の表情や仕草をしてくる。


 案外、普段は無理している部分もあるのかもしれない。

 思い返せば綾華は半年前に大好きなお兄さんを亡くしたばかりだ。心の傷はまだ癒えていないだろう。

 下手すると一生癒えないかも知れない。


 そう思うと自然と綾華の頭を撫でていた。

 綾華はびっくりしたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに微笑んできた。

 ひょっとして、大好きなお兄さんの前ではこっちの綾華が素だったんじゃなかろうか。


「よし、何か買っていくか。何食べたい?」

「よろしいのですか、ではアレを食べてみたいですわ。まだ、食べたことがありませんの」


 綾華が指さしたのは……焼きそばだった。


 マジで? 焼きそばを食べたことないって、焼きそばは庶民の大好物だぞ。


 え、焼きそばじゃなくパスタならよく食べていた?


 セレブの世界ではパスタが焼きそばレベルか……。


「おう、英二じゃねえか。可愛い子を連れているじゃねえか。遂に初カノか?」

「久しぶりだな、トン吉。知り合いの家の子だよ。焼きそば二人分くれ。初焼きそばらしいから鼻の下を伸ばしてないで真面目に焼けよ」

「アホォ、俺はいつだって真面目に焼いてらぁ! てか、お嬢ちゃん焼きそばが初めてとかマジかい」


 綾華が申し訳なさそうに「えぇ、申し訳ございません」とバカ丁寧にお辞儀するもんだから、トン吉はテンパって「気にすんな。誰にでも初めてはあるもんだ」とかよく分からない返しをしてくる。


「もしかして、タコ焼きやお好み焼きも食った事ねえとか言わねえよな?」

「あの……えっと……」


「「まじで?」」


 見事に俺とトン吉の声がハモった。

 おいおい、アレか? まさかセレブの世界じゃキャビアがタコ焼き代わりとか言わないよね綾華さん。

 トン吉はタコ焼きやお好み焼きの店主に大声で呼びかけた。


「オイ、五郎!一徹! このベッピンさんにタコ焼きと焼きそば焼いてやんな。初めて食うんだとよ!」

「おま、大声で目立つだろ!」


 慌ててトン吉を諫めたがもう遅い。タコ焼きと焼きそばを初めて食べるという商店街始まって以来の前代未聞の事態に他の屋台の店主たちも物珍しさに集まってくる。

 集まった店主たちが綾華を見てあまりの可愛さにどよめく。その隣にいる俺を見て更に驚く。

 どよめきに釣られて商店街の暇な店主たちも集まってくる。


「英二じゃねえか。何、この子ってお前の彼女か?」

「まさか、童貞キングの英二に彼女とか嘘だろ」

「お前、この子の弱みとか握って従わせてんじゃねえだろうな」

「もしくはこの子の親御さんに借金でも作らせて……」


 馴染みばかりなので言われ放題である。

 天下の四条家に借金を作らさせるような奴がいれば出てこい。

 てか、なんだよ童貞キングって。なんで、お前らが俺がまだ未経験だって知ってんだよ!


「いや、彼女って言ってもどう見ても未成年だろ」


 その一言をきっかけに全員の視線が一斉に綾華に集まる。

 あ、これ、やばいパターンのヤツや。 


「……お嬢ちゃん、何歳だい?」


「わたくし、十六歳ですわ」


 綾華の答えに静まり返る商店街。全員の視線が俺に集まる。

 ……多分、皆んな言いたい事は同じだろう。


「犯罪だろ!!!」


 見事に全員のツッコミが唱和した。

 その後の商店街は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

 店主連中が俺を羽交い絞めにするわ、綾華の横でおばちゃんが騙されちゃいけないだの、しまいには馴染みの警察官まで連れて来られ事情聴取だの。


「勘違いだ!俺は無実だっつの!!!」


 精一杯否定しても、綾華が正直に「英二様を好きです」と答えれば混乱に拍車がかかっていく。

 お願い、綾華さん、こういう時ぐらい自重して。


 結局、どうにか騒ぎが収まり俺と綾華が解放されたのは一時間後だった。

 屋台と商店街の店主たちからは、詫びと祝いの品として沢山の屋台の食い物と日用品を貰うことになった。


 いや、詫びは当然だとしても祝いの品って何の祝いだよ。

 両手にたくさんの荷物を持つ俺を見ながら綾華は楽しそうに言ってくる。


「皆さま、とても良い方ばかりでしたね」

「いや、どこをどう取ったらあいつらが良い連中になるんだよ」

「ビックリしましたが、皆さま凄い楽しそうに騒いでいらっしゃいました。英二様が皆様に愛されているからこそですわ」


 いや、あれは何の楽しみもない暇な連中が悪ノリで騒いだ結果だからね。

 何事も前向きに捉えることは悪くはないけどさ。


「さて、帰るか。もっと他のとこも周りたかったけど荷物が多すぎる」

「そうですわね、もうすぐお昼ですし」

「まあ、これだけ食い物があれば昼飯には困らないわな」


 お互い苦笑しながら実家へと向かう。

 曇天が消え、陽光にきらめく雪景色と久しぶりに広がる澄んだ青空に目を細めながら俺は思った。


 なんやかんやで、あんなバカ騒ぎも実は楽しかったし、そう思えたのは綾華が一緒だったからだろう。

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