第16話 おっさん、地獄のダイエットに励む
「何お前、またノロケ話をするために俺を呼んだのか?」
「いや、だから別にノロケてないって」
「じゃあ、格好つけて罪を全部かぶって去ろうとしたが、最後は女の子の手助けのおかげで罪を免れたダサ坊ってことでいいか?」
「なんか、酷い言われようなんだけど……」
いつものBARで良太に先日の出来事を話していた。
何かを話す度に色々と皮肉めいた事を言われるが、お互い話していると酒も進むし、マスターも俺らの好物をさりげなく出してくれてる。
良太はウィスキーをもう一杯頼んだところでタバコをふかしながら言ってきた。
「それで、次のクリスマス礼拝とやらにどんな格好で行けばいいのかだっけか?」
「そうそう、この前の小林とかいう運転手に言われた体型の事ってさ、反論できない部分があってさ。このまま行っても、学内で綾華に恥をかかすんじゃないかと」
「四十路のおっさんがウジウジ情けねえなぁ。今日は洒落た服装しているから、ちったぁ変わったのかと思えば」
「あ、この服? 良太にアドバイス貰った通り、前に綾華と出かけた時に買った服だよ」
「んなことは分かってる。どう見てもお前のセンスじゃねえし、ブランド的にお前が買える服じゃねえからな」
良太は運ばれてきたウィスキーを一口飲んだ後、盛大に鼻から煙を吐き出し、俺の事を上から下まで眺めて煙草を盛大に吸った。
「とりあえず、痩せろ」
「は?」
「その見事な三段腹を昔みたいなシックスパックに戻せって言ってんの」
良太が俺の腹をつまみ、盛大よく揺らす。
昔の俺は喧嘩に負けまいと筋トレに励んでいた頃があり、腹にぜい肉はなく六つに割れていた。
戻せって言われてもな、クリスマス礼拝まで残り一カ月しかないのに……。
「残り一カ月しかないって言い訳するより、まずは明日から行動しろ。シックスパックに出来なくても三段腹くらいはなんとかしろ」
「いや、そう言われても流石にこの腹を筋トレだけじゃさ」
「流行りのカイザップダイエットでも腹筋ローラでも腹筋ベルトでも何でもして痩せろ。そもそも、事の発端はお前のだらしない体型が原因だろ」
「ハイ、反論できません」
「綾華という嬢ちゃんや雪奈って子がしなくてもいい苦労をしてお前をかばってくれたんだぞ。このままだと何かある度に女子高生に助けられる人生でいいのお前? 童貞のくせに」
「ど、童貞関係なくね???」
良太は豪快に笑いながらウィスキーを一気に流し込み、温かい目で俺を見てきた。
「まあ、正直言うとな、俺は最近のお前が嬉しいんだ。学生の頃みたいな明るさというか雰囲気が戻ってるからな。以前のお前は痴漢の冤罪以来、軽い女性不信だし、二次元ばかりだし、クタビれた社畜生活。実家にも何年も返ってなかっただろ?」
「まあ、それはそれで不満はなかったけどさ」
「俺が不満だったんだよ。おやっさんやお袋さんが愚痴ってたぞ。ちっとも実家に帰ってこない親不孝者ってな」
「親父たちに会ったのか?」
「あぁ、俺は長期休暇の度に家族連れて実家に帰ってるからな。お前の実家の温泉はウチの家族に好評だよ」
そうか、まだ潰れてなかったのかウチの旅館は。
男の子供は俺だけだったから、親父は俺に継がせたがってたけど。
痴漢の冤罪以来、恥ずかしくて帰れなかったんだよなぁ。
「そんなお前を変えてくれたいうか、昔のお前に戻してくれたのが綾華って子なのは間違いない。大切にしろよ。お前の中身を見てくれる奇特な子なんだから」
「悲しませないようにはしてるつもりだよ」
良太が差し出してきたグラスに俺もグラスを合わせて苦笑いを浮かべた。
その後も他愛のない話をしながら終電まで飲み続けるつもりだったが、良太にさっさと帰る様に促された。
前の飲みの時に綾華が深夜まで駅で待ってくれた事をチラッと話したせいだ。
そういう気遣いが出来ないから、お前は四十まで恋人ができないんだよと頭を叩かれながら店の前で別れた。
□ □ □ □
「それでは、わたしは調理担当者にはダイエットに特化した料理をご用意させましょう。サラダ中心にもち麦、鶏むね肉のステーキ、大豆ミート、おでんなど。低カロリーですが栄養を損なわないメニューはいくらでもありますからな」
翌朝、ダイエットの事を桜庭さんにした結果、四条家で出してもらう料理を俺だけ変えてもらうことになった。
更に四条家で働く執事やメイドたち専用のフィットネスジムやプールまで使っていいとの事。
使用許可にも驚いたが、屋敷内に働く人たちのためにそんな施設が敷地内にあるなんて、流石は四条家。
案内されたジムに向かうと快活な女性が待っていた。
「貴方が若宮様ですね。噂は聞いておりますよ、何でも綾華お嬢様の婚約者だとか」
「いやいやいや、婚約者とかじゃなく教育係です!」
桜庭さんが紹介してくれた四条家専用のフィットネストレーナーの久保田さんだ。
腹筋は見事に割れているのに全身が筋肉という感じはなく、長身で無駄なぜい肉のないスタイル、TVでも特集を組まれた事のある筋トレ女子の憧れの人だ。
挨拶すると目を輝かせながら俺の全身をくまなく揉んできた。
女性に無遠慮に体を触られれば照れくさくなるもんだが、変な気は全く起きなかった。
というのも、久保田さんの目が不気味なほどに輝いていたからだ。
「ふふふ、これは鍛えがいのある体型ですね。いいですよ、いいですよぉ、このブヨブヨ感。実に鍛えがいがあります。ブヨブヨしている割にはインナーマッスルはしっかりしていますね。一カ月でシックスパックとはいかないまでも腹筋に縦筋ぐらいは入れてみせますね」
「……お、お手柔らかにお願いします」
そういや、綾華と買い物に言った先の店長もインナーマッスルがどうのこうの言ってたな。
筋肉好きというか体を鍛えてる人たちは、他人の身体でも触れば分かるだろうか。
「そんなに緊張しないでくださいね。辛いのは最初だけです。途中から効果が出れば筋肉痛が快感に代わりますから」
怖い事を笑顔で言いつつ、トレーニング内容を説明してくれた。
久保田さんのは「歩く・拾う・押す・引く」などの日常生活の動きに連動した動きに負荷を加え、有酸素運動を取り入れたトレーニングが主体らしい。
脂肪を筋肉に変えることで燃焼率をアップしリバウンドしにくい体に改造するとのことだ。
「あ、楽して痩せようなんて思ってませんよね? 十数年かけて付いた脂肪を一カ月で落とすんですから覚悟はしてくださいね」
語尾にハートマークでも付きそうな口調で言われたその言葉が地獄の日々の始まりだった。
朝夕の四条家外周のランニングは勿論のこと、なんか重い球を持ち上げたり、なんか重い綱を両手で振り回したり、なんか重い布着を身に着けてボルタリングをさせられたり。
大量の汗をかきつつ身体をプルプルさせながら弱音を吐こうものなら、久保田さんの容赦ない言葉が飛んでくる。
「はいはーい、大丈夫大丈夫、まーだイケルまだイケル」
「い、いやもう身体キツイっす。もう無理っす」
「弱音はいているうちはただの甘えですよぉ」
「げ、限界です……」
「限界を超えてくださぁい。四十のおじさまが限界超えないで何を手に入れるっていうんですかぁ?」
クッ、決して、甘えを許さないその軍曹ぶり、嫌いじゃないぜ久保田さん。
唯一の救いは三日に半日は整体師マッサージによる休息をくれることだったが、その半日も次の地獄への日々への準備かと思うと気が休まらなかった。
なにせ、休息時間が終わった途端に久保田さんが扉から入ってきて俺を連行していく日々。
綾華が心配そうに見てくる時もあったが、久保田さんは綾華が小さい頃からの知り合いらしく、久保田さんが大丈夫と微笑めば綾華は無条件に信頼する始末。
小さい頃からの知り合いということで、うかつにも久保田さんに年齢を聞いたらいつもの三倍はきついトレーニングが課せられる。
そんなトレーニングのおかげや徹底した栄養管理のおかげもあって、俺の体型にも変化が現れた。
まあ、なんということでしょう、たった三週間で三段腹が普通のお腹に!?
心なしか顔周りのぜい肉もすっきりしてきてブヨブヨ感は無くなっている。
なるほど、確かにこうなるとや筋肉痛は頑張った自分へのご褒美だな。
俺の気持ちの変化に久保田さんも気づいたのか、残りの一週間は更なる追い込み。
おかげで、俺の腹筋は全盛期までとは言わないまでもうっすら縦筋が入るぐらいまでになった。
そのことは嬉しかったが、困った事に綾華と一緒に買いに行った服もブカブカになり着られなくなった。
せっかくオーダーメイドまでして買ってもらった洋服が用済みとなったのは複雑だったが、桜庭さんに相談すると、ブランド店の店長が駆けつけてくれて今の俺の体型に合う洋服を取り寄せてくれた。
流石、天下の四条家、もう何でも有りである。
少し前までの俺だったら到底あり得ないVIP待遇。
でも、下手に勘違いしちゃいけないよなぁ。
今のありがたい境遇も綾華が白菊女学園を卒業するまで。
本当、勘違いしちゃいけない。
俺が凄いとかいうわけじゃなく綾華の好意があってこそ。
人の恋も三年までって言うし、三年後に俺は平民へ逆戻りだろう。
そんな何処か冷めた気持ち自分を戒め、クリスマス礼拝当日を迎えた。
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