第15話 おっさん、麗奈に詰問され雪菜に助けられる

 見覚えがある、確か麗奈と言ったっけ。綾華と買い物に行った時に会った綾華の友達だ。


 気づけば、下校の時間になったのか遠巻きに見ている女生徒もといお嬢様方が何人かいた。

 声とともにお嬢様方の視線は一斉に童顔の少女に注がれ、ザワザワとしてた雰囲気が収まる。

 麗奈は大人の修羅場にも気後れもせずに、まっすぐ近づいてきた。

 俺とイケメンを交互に一瞥した後、少し顔をしかめた。


「我が家の運転手がうずくまっている理由を、まずは説明していただけますこと?」


 げっ、こいつ、よりによって麗奈の家の運転手かよ。

 まずったな、下手すりゃ麗奈の家と四条家のお家問題になるよなぁ。

 まあ、運転手がこのレベルじゃ麗奈の家のレベルも大したこと無さそうだけど。


「その前に、わたくしの紹介がまだでしたわね。西園寺麗奈と申します。綾華さんとは同じクラスですわ」


 う、西園寺っていったら戦前から続く三大財閥の一つで政財界にめっちゃ影響を持つことで有名な家だ。

 そんな家の人まで通ってるとか流石お嬢様校。

 てか、その家の運転手を殴っちまうとは俺の馬鹿。

 間違ったことはしてないと思うけど、どう収集付けよう……明らかに綾華どころか四条家に迷惑かかる事まちがない。


「何故、我が家の運転手がうずくまっておりますの? いい加減おたちなさい小林!!!」


 イケメンは慌てたように立ち上がったが顔はしかめており腹を押さえたままだ。

 苦しいのに立ち上がるあたり、イケメンもとい小林の麗奈に対する忠誠心が分かる。

 忠誠心っていうか恐怖心の方が大きい気がするが。

 お嬢様に叱咤されるなんてご褒美だっていう連中もいるだろうけど、リアルにされたら小林の様な従順な下僕の誕生だろう。


「まあ、なんだ、見解の相違というやつかな。大人の世界にはよくあることで」

「あら、不思議ですわね、わたくしの周りの大人の方々は例え意見の相違があってもうずまっておりませんわ」


 うん、そうでしょうね、江戸時代ならいざ知らず。

 どう誤魔化そう、正直に言ってもいいんだけど西園寺家と四条家の間に禍根を残しそうなんだよなぁ。

 悩んでいる間にも麗奈は誤魔化しは許さないという感じで俺をじっと見てくるし。


「小林、貴方から説明なさい」


 なかなか、理由を離さない俺じゃらちが明かないと思ったのか矛先は小林に向いた。

 すぐに俺を悪者にして言い訳を始めるかと思いきや、目をそらし気まずそうに黙っている。

 

 そりゃ、そうだろう。どんなに言いつくろったところで、俺を馬鹿にした挙句にのされた事に変わりない。

 この場を嘘をついてまで逃れようなんて、保身第一の馬鹿でもない限りしないだろう。


「私がこの男に話しかけたところ、急に私を殴りまして。いえ、不意を突かれない限り、私がこの様な男に後れを取るなんて決してないのですが」


 ……小林は保身第一のバカ野郎でした。麗奈は目を細めながら俺の方に歩み寄り見上げてくる。

 流石はお嬢様というべきだろう、間近で見ると髪の毛に天使の輪、スッピンながら肌がきめ細やかで目鼻立ちに上品さがある。心地よい上品な女の子らしい香りが漂ってくるが、それを堪能している暇は無かった。

 

「この様に小林は申しておりますが、貴方の反論が無いのであれば小林の主張通りということでよろしくて?」


 全くよろしくありません、全てにおいて反論したい。

 だが、ここで下手に反論して泥沼になれば四条家に迷惑をかける。

 唯一の希望は周りの運転手たちが、事の成り行きを証言してくれることだろうが、天下の西園寺家に非がある証言をするわけがない。


 例え、西園寺家に非があることが明白だとしても、それを正直に言えないのが大人の世界。

 案の定、周りの運転手たちは気まずそうにこちらを見ており、そそくさと自分の主人を送迎車に乗せて立ち去る連中が多い。

 もし、この状況を計算して嘘をついたとなれば、小林は相当嫌な奴だ。

 ハァ、殴ったことは事実だし四条家に迷惑をかけるのも嫌だし、俺が首掛けりゃ済む問題か。

 

「黙っていては分かりませんわ。もう一度お聞きします。小林の言う通りでよろしいのですね?」


 まあ、社畜時代にはよく上司のミスを責任を押し付けられて我慢してたしな。それに比べりゃ、今回の事なんて屁でもない。

 四条家には後で謝って責任を取り、四条家を出て行けば事は丸く収まるだろう。

 とりあえず、土下座でもしようか。


「これは、何事ですの? 麗奈さん、英二様に何なさってるんですの」


 背後から聞きなれた声、見なくても分かる、タイミング悪いよ綾華さん。

 小走りに駆け寄ってくる音が聞こえ、振り向くと息を切らせながら綾華が駆け寄ってきた。

 隣に来ると俺に寄り添い手を握ってきた。

 ここ、公衆の面前で学校の前ですよ綾華さん?

 手を繋ぐ事の危険性分かってます?


「英二様、何があったんですの?」

「わたくしも同じ事を聞いているのでけどね。おっしゃってくださらないのですわ。小林が言うには、小林が英二様に話しかけられたら急に殴られたそうですわ。わたくしとしては、両者の言い分を聞いて公平に判断したいのですけど」

「英二様は理由もなく、人を殴るような方ではありませんわ。英二様、何があったんですの? お願いします、おっしゃってくださいませ」


 綾華は俺を見上げながら言ってきたが、上手く収める言い訳を思いつかん。

 小林は前言を翻すような素振りは全くないし、麗奈の手前引っ込める事も出来ないだろう。

 尚も綾華は話すように促してきたが場を収めるには仕方がない。


「俺が悪い」

「嘘ですわ!」


 綾華は目に涙を溜めながら首を振り握る手に力を込めて見つめてきた。

 気持ちはありがたいが周りは西園寺家の味方だし、ここは穏便に場は収めないと。

 麗奈は俺たちを複雑に見てきたが、やがて溜め息とともに俺をまっすぐ見てきた。


「綾華さんには申し訳ないのですけど、小林が英二様に殴られたのは事実ですし当家としても黙っているわけにはいきませんわ。このことはキチンとお父様に報告し、後ほど四条家へご連絡差し上げます。生徒同士の問題にお家を持ち込む事は禁止ですが、学園外での暴力沙汰、ましてや、運転手同士が起こした問題ですし」

「……そんな!?」


 俺は少しよろけた綾華を支えた。

 あー、下手すりゃ傷害事件にするという事か。

 麗奈は優雅に一礼し、小林と帰っていった。

 周りで見ていた運転手たちはバツの悪そうな表情で各々の主人を車へ促す。

 俺もうつむく綾華を車に乗せ四条家へと向かった。


 バックミラーに映る綾華は声を出さずに肩を震わせ泣いていた。

 高級車の乗り心地よさとは裏腹に車内の空気は重く苦しさが支配していた。


□ □ □ □ □ □


 翌朝、俺は四条総裁の前に立っていた。

 昨夜は車を降りるなり泣いたまま部屋に駆け込んだ綾華に屋敷中が騒然となった。

 メイドたちが綾華の部屋の前で騒いでいたが、四条総裁の奥様がメイドたちを下がらせ場を収めたらしい。

 四条総裁は仕事で家にいなかったため、騒ぎを聞きつけた総裁が俺を呼んだのは今日になってからだった。


「それで、昨日の西園寺家との騒動を英二君の口から説明して貰えるかな?」

「言い訳はしません。俺が西園寺家の運転手を殴ったのは事実です」

「ぜひ、その言い訳を知りたいね。君は理由もなく暴力を振るう人間では無いと思っていたんだが」


 ありがたい言葉だが、今回の成り行きを正直に話せば、四条総裁は西園寺家相手に一歩もひかないだろう。

 西園寺家に不利な証言をする家なんていないだろうし、こちら側の分が悪すぎる。

 ダンマリを決め込んだ俺に四条総裁は苦笑いを浮かべ用紙を一枚取り出した。


「実は先ほど、西園寺家から今回の件は不問にするとの連絡が来てね。それによると非は西園寺家にあると認めるとの事だよ。しかも、西園寺家当主の捺印付きのFAXまできた」

「は?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔と言えば、今の俺のことだろう。

 天下の西園寺家が運転手を殴られて黙って引き下がるはずがない。

 それが下手すりゃ西園寺家に不利となる念書付きだ。


「何故ですか?」

「君がダンマリを決め込んだ理由を西園寺家が把握しているからさ。九条家の御令嬢に感謝するんだね。九条家の運転手も騒ぎを観ていたらしく、騒ぎを知った御令嬢が運転手を詰問して一部始終を聞き出したらしい。それで九条家が西園寺家に真相を話したという訳さ」

「……九条家の御令嬢って雪菜さんです?」

「そうだ。綾華だけじゃなく九条家の御令嬢までとは、なかなかのヤリ手だな君は」


 完全なる誤解である。雪菜を痴漢から助けたのは成り行きで、アレ以来、雪菜と話したのも綾華がいる場でのみ。

 だが、そんな釈明をしたとしても四条総裁のニヤケ顔は崩せそうもないと思っていると、四条総裁が真面目な表情で席を立ち頭を下げてきた。


「何はともあれ、我が家の事で怒ってくれてありがとう」

「いやいや、堪え性のない馬鹿で逆に迷惑をかけてすいません」

「だが、我が家のために自分だけ泥を被ろうとは関心しないな。そんなに私は頼りないかな?」


 顔を上げた四条総裁の目は若干細められていた。

 ……ヤバい、怒気が感じられる。社畜時代に鍛えた空気を読む能力は伊達じゃない。


「すいません、次からは頼らせて貰います」

「うむ、頼ってくれ。さて、この事を綾華に報告いってくれるかな?」

「えぇ!? 俺がですか?」

「まあ、今回、私を頼ってくれなかった罰と思ってくたまえ」


 ニヤける四条総裁に見送られ、学校に行く準備をしていた綾華を廊下で見つけ報告した途端、涙目の綾華に抱きつかれ号泣された。

 聞けば、余程心配していたらしく、余り寝られてなかったらしい。

 お詫びに綾華のして欲しい事を何でも聞くと言ったら、衝撃の依頼をされた。


「では、一ヶ月後のクリスマス礼拝に来てくださいませ。例年ですと、お父様かお母様をお呼びし学内で食事もご一緒してたのですけど、今年は英二様とご一緒したいですわ」


 綾華は涙目を輝かせ、顔を赤らめながら言ってきた。

 待って、とりあえず抱きつきながら涙目の上目遣いはやめようか。

 美少女にそんな事されて嬉しくない男なんていないけどさ。

 自分の可愛さを自覚してくれ。

 いつの間にか、廊下の隅から何人かメイドたちが覗いてるし、若干黄色い歓声あげてるじゃねえよ、アンタら。


「いや、それは流石にヤバくないか。お嬢様だらけの学内に俺なんかが……」

「でも、何でもっておっしゃいましたわ?」

「いや、言ったけどさ」

「では、決まりですわね!」


 再度、嬉しそうに力を込めて抱きついてくる綾華。

 これは事件とばかりに黄色い歓声を上げながら散っていくメイドたち。

 こうなりゃ、もう腹をくくるしかなかった。

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