第14話 おっさん、堪忍袋の緒が切れる
四条家に世話になって一ヶ月。世間の蒸し暑さも和らいできた。
庭にある木々もうっすら紅葉を帯びてきている。
べらぼうに広い庭を何気なく散策するのが日課になりつつある。
綾華が学校に行っている間はやることが無い。
社畜時代と違って働かなくても良いのだから暇を持て余す日々。
以前は安月給のためになんで働かきゃいけないと悩んだりもしたが……
夢もなく所帯も持っていない。
そうか、俺は暇つぶしのために働いていたのか。
そんな事を考えながら歩いていると、ガレージの前で頭を悩ましている執事の桜庭さんに出くわした。
「どうしたんですか、桜庭さん」
「これは若宮様、実は当家の運転手が病欠になりまして、綾華お嬢様のお迎えに行くものがおりません。他の運転手たちは旦那様や奥様の外出で出払っておりまして」
「あー、そりゃ問題っすね」
このままだと、綾華は学校で待ちぼうけをくらうか、一人で電車で帰ってこなければいけない事態になる。
この前、俺と電車に乗ったとはいえ一人で切符を買えるかすら怪しいところだ。
桜庭さんは申し訳なさそうな表情で俺を見てきた。
「若宮様は運転免許をお持ちですかな?」
「あぁ、勿論持っていますが?」
「オートマですかな?」
「いや、マニュアルですけど」
「それは助かりました」
いや、助かるって何が???
「お手数ですが、綾華お嬢様をお迎えに行ってはいただけないでしょうか?」
「俺、車持っていないですけど?」
「ご安心ください、当家のお車をお貸しいたします」
桜庭さんはガレージに並んでいる十数台の車を示しながら微笑んだ。
ご安心くださいってアナタ、どれも高級車じゃないですか。
国産車から外国車まで綺麗に磨かれており、高級感に拍車をかけている。
傷一つ付けようものなら、以前の年収が軽く吹き飛びそうなものだ。
「なんというか、もっと安い庶民的な車は無いですか?」
「残念ながら、当家にある車はこれだけでございます」
「ちなみに、これの中にオートマは?」
「ございません」
マジかぁ、十年以上マニュアル車なんて運転してねえよ。
しかも、運転したことあるマニュアル車なんて実家の軽トラだぞ。
……ここの車一台で軽トラ何台分だよ。
しばらく四条家の敷地内で運転の練習をさせてもらった結果、なんとかエンストをしない程度にはマニュアル運転の勘を取り戻した。
それでも、いざ公道に出てみるとマニュアルならではの緊張感が付きまとう。
オートマなら緩やかな坂なんて気にもしないが、マニュアルだと気を抜けば前後の車に衝突必至。
こんな緊張感の中、プロの運転手は出発・停車の際に揺れを一切感じさせないっていうんだから凄いよなぁ。
もし、俺が専属の運転手になんてなろうものなら一日と経たずにクビだろう。
□ □ □ □ □ □
白菊女学園の敷地はマンモス大学の敷地くらいはある。
外周を散歩で歩いて巡るのに1時間はかかるとの噂だ。
そんな敷地を都会の一等地
駐車場に着くと、既にお迎え用であろう高級車が並んでいた。
高級車の前には姿勢を正したスーツ姿の人たちが立っている。
一目で高級品と分かる身なりで、いかにもお金持ちのお抱え運転手という姿。
それに対して俺の姿はTシャツにジーンズにスニーカー。
……外で待たないと綾華は俺を見つけられないよな。
本当なら車内でタバコを吸いながら待ちたいが借り物の車じゃそれもまずい。
止むえず、俺も車を出て待つことにした。
途端に周りの視線が俺に突き刺さってきた。
明らかに俺を訝しむ視線ばかりだが、無視するに限る。
昔みたいなガンの飛ばしあいは、上流階級の方々には無意味だろう。
物理的な暴力より権力的な暴力で負けるにきまってる。
何事もなくやり過ごそうと思い、遠くの景色を眺めていると足音が近づいてきた。
「失礼、貴方はどこの家の運転手かな?」
声をかけられた方を見ると長身の黒髪の若いイケメンがスーツ姿で立っていた。
他の運転手はそれなりに年を取っているが、こいつはせいぜい20代後半ってところかな。
運転手特有の白い手袋をしていなければ、俳優かモデルでも納得だ。
多少の面倒臭さを感じながらも、俺は正直に答えた。
「四条家ですけど?」
「ふ、嘘を言ってはいけません。四条家の運転手はもっと品のある方だ」
何こいつ喧嘩売ってる?
しかも、今さりげなく俺には品がないって言ったよな。
確かに上流階級の品の良さなんてみじんも持ち合わせちゃいなけどよ。
「いつもの運転手が病欠なんで俺が代わりに迎える様に頼まれたんですけど?」
「ふ、仮に代理だと四条家であればもっと違う人物を迎えに行かせるはずです」
「いや、違う人って言われてもな」
「ハッキリ言いましょう。貴方のように太っていて服装も品性の欠片もない人が、名誉ある白菊女学園に通うお嬢様方の運転手と務めるなどあってはならないのです!」
うわ、めんどくさ!?
こいつはアレだ、絡んだらトコトン絡んでくる面倒くさい奴だ。
なんか良く分からない理屈で絡んでくるウザ絡みだ。
学生時代の頃なら、こういう
こいつは喧嘩を売っている自覚もないんだろうけど、面倒くさいから無視だな無視。
そうと決め込んだら俺には何を言っても馬耳東風。
おうおう、こちらが言い返さない事を良いことに何か言ってますな。
だが、前職で鍛えたパワハラ上司の小言スルースキルを舐めるなよ。
小言中に他の事を考えてりゃストレスなんて溜まらない。
「もし、貴方の言う事が本当なら四条家の品位も陰りが見え始めたということですね」
あ? お前いまなんつった?
「かつては経済界の絶対的地位にいた四条家が貴方みたいな人を雇うこと自体、凋落の証拠……」
その瞬間、俺の中で何かが切れた。
気づけば、イケメンの胸倉を掴み、股に膝を割り込ませ車に押し付けていた。
「おい、お前、言っていい事と悪いことがあるんじゃねえか? 俺のことはいくら何を言われてもスルー出来るが、世話になっている四条さんのことまで悪く言われてちゃ、流石にスルー出来ねえわ。今の発言取り消せよ?」
イケメンは突然のことに目を白黒させうろたえている。
周りの他の運転手たちの中には割って入ってこようとする人もいたが、一睨みで黙らせらた。
更にイケメンの襟元を締め付け、押し付ける力を強めた。
「もう一度言うぜ? さっきの発言取り消せよ、なあ?」
「わ、わたひは何も間違ったこと言ってにゃい。あ、貴方のような人は」
「そこはどうでもいい。その後だ」
「し、四条家のこともおにゃず。長男が死んで以来、後継ぎがいにゃ※△□」
腹に一発ぶち当てた。イケメンはたまらず地面にうずくまる。
流石になぁ、四条家の亡くなった人のことまで引き合いに出すとかなぁ。
ないわぁ、流石にこいつ無いわぁ。
「何をしているんですの!!!」
イケメンをどうしてくれようかと思っていたところに、柔らかだが人をひきつける場違いなソプラノ声が割り込んできた。
声の方を振り向くと小柄だが大人びた童顔の美少女が制服姿で立っていた。
「貴方、確か綾華さんと一緒にいた方ですわね」
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