第9話 おっさん、綾華のご学友に会う
「若宮様、困りましたわ。切符というものが出てきませんの」
駅の自動券売機の小銭投入口や定期カード挿入口に黒いカードを差し込みながら首をひねる綾華。
買い物の約束をした当日、俺と綾華は四条家の最寄駅にいた。
俺としては別の日に買い物に行くつもりで誘ったのだが、綾華がどうしても直ぐに行きたいと頼み込んできた。
なんでそこまで早く行きたがるのかよく分からなかったが、誘った側なので断れないし断る理由もなかったのですぐに買い物に行くことになった。
綾華の持つ黒いカードの正体は聞かずとも分かる、セレブ様のみが持つことを許される限度額無制限のクレジットカード、俗にいうブラックカードだ。
盗まれては一大事なので慌てて周りを見渡したが、幸いと目撃者はいなかった。
「綾華さん、とりあえずカードをしまおうか。ここは紙幣か小銭しか使えないんだ」
「……小銭に紙幣、聞いたことはありますが見たことがございませんわ」
「マジで? 学校の学食で使ったりしないの?」
「学食? あぁ、ランチをする場所ですのね。特に支払いは必要ありませんわ。好きなものを選んで食べれますの」
……学食をランチと言い換えますか。
お嬢様校だから安物のランチのはずはなく、それなりの高級ランチだろう。
それらが全て無料というのは、学費を払っている親御さんたちの財力あってこそか。
ブラックカードを携帯しているということは、支払いもすべてカードのみ。
高校生の頃からブラックカードしか使ったことないとか、どんだけだ四条家。
「とりあえず、俺が綾華さんの分も買うから」
「まあ、さすが若宮様ですわ。上に書いてある路線図というのもお分りになりますし、頼りになりますこと」
いや、日本国民の八割は理解できるんですけどね。
世間を知らないとはいえ、電車を乗ったことがないとは思わなかった。
駅に着いた時なんて、「まあ、人がたくさんおりますのね。本日は催し物でもありますの?」って驚いてたし。
切符を渡して改札口へ通り方を教えて駅のホームに着くと、ちょうど電車が来たところだった。
ホームの人混みが一気に電車へとなだれ込む。
俺も乗り遅れまいと行きかけたが、袖を引っ張られて振り返ると綾華が困惑げに立ち尽くしていた。
どうしたのかと訝しむと、さっきまでは普通だったのに今は心なしか顔色が悪い。
あぁ、そうか、初めて電車に乗るのにこの混雑さは若干恐怖だわな、気遣いが足りなかったな。
どうせ乗る電車は環状線だから待つ時間も短く、次に来るのは三分後だ。
「この次のに乗ろうか。なるべく空いている車両のところに移動しよう。ちょっと歩くよ」
俺が歩き出そうとすると、右手に柔らかい感触が触れてきた。
ギョッとして見ると、綾華の左手だった。
えっと、ここは公衆の面前ですよ綾華さん。
身なりの良い美少女が四十のおっさんの手を握るって周りからどんな目で見られるか分かってます?
下手すりゃ、エンコー案件で俺が職質ですよ?
とっさに握られた手を解こうと思ったが、綾華の心細そうな顔を見て思いとどまった。
あー、もうしょうがない、職質されたらされたでその時だ。
いざとなったら親子で乗り切ろう。
悲しいけど年齢的には親子でも無理はないし。
仮に親子でも女子高生の娘と手を繋ぐ親父はいないだろうけどな。
とりあえず、周りから感じる好奇の視線を無視しながら、最後尾の車両が来るところに綾華を連れて行く。
案の定、次に来た電車の最後尾車両は空いており、綾華も気後れせずに乗ってくれた。
車内の電光板や窓から流れる景色を子供の様に物珍し気に見ている綾華だったが、その間もずっと手は放してくれなかった。
ふと、周りを気にすればオバさんや女子高生のグループは、ヒソヒソと何か話しながら俺を見てきている。
睨んで黙らせてもいいが、綾華に害はないんだし俺が我慢するしかないか。
……そういえば身内以外の女性と手を繋いで歩くのって初めだ。
嬉しいものかと思っていたけど、そこまででもないんだな。
いつもなら数駅の時間なんてあっという間なのに今回はイヤに長い。
□ □ □ □ □ □ □ □
目的地の超高層ビル ミッドランドタウン。
一階から三階まで吹き抜けとなっており、一階には売り物の高級外車がズラリと並ぶ。
二階から六階までは複数の高級ブランド店が大幅なフロアを占有し、細身のスーツ姿の店員が各店の入り口に待機している。
七階から四十階まではビジネスエリアになっており大手企業のオフィスとなっている。
一応、庶民の娯楽向けにもなっており、五階の別区画には映画館、ビルの最上層部は一般人にも手が届く高級飲食店街と展望台がある。
興味本位で一回だけ覗いたことがあるが、ブランド店の雰囲気や買い物客の身なりに圧倒されて五分で退散した。
だが、あの時とは違い今回は心の準備は出来てるし、服装も四条家の洋服を借りてきた。
さらに綾華が隣にいてくれるせいか、居並ぶブランド店の雰囲気にものまれていない。
ちなみに、駅の改札口を出る時に切符を取り出す都合上、綾華の手は放した。
なんか、また繋いで欲しそうな雰囲気はあったが気づかない振りをした。
ゴメン綾華。
綾華と一緒にミッドランドタウンの中を歩いて驚いたのが、各ブランド店を通り過ぎる度に、スーツ姿の店員が深々と綾華にお辞儀してきたことだ。
綾華はわざわざ立ち止まり笑顔でお辞儀をして対応しており、普段の綾華は別世界の人間なんだと実感する。
しかし、その度に足が止まり店員が俺にも笑顔を向けてくるので居心地の悪さ感が半端ない。
多分、保護者か親戚、もしくは四条総裁のビジネス相手か何かと思われているんだろうな。
……綾華の想いを別とすれば、俺としては保護者がベストだよなぁ。
綾華に俺のことを尋ねられば爆弾発言をされかねないが、プライベートには立ち入ってこないのが店員のマナーだろうから聞いてこないだろうけど。
「あら、綾華様、ごきげんよう」
後ろから掛けられた声に振り替えると、お洒落な服装に身を包んだ女の子の四人組がいた。
嫌な予感がしつつ綾華の方を見ると、綾華はにこやかな笑みで膝を軽くおり挨拶を返した。
「ごきげんよう皆様。あ、若宮様、ご紹介いたしますわ。わたくしの学校のお友達ですの」
いや、紹介しなくていいから。こういう流れってなんか嫌な予感するし。
でも紹介されたからには目礼で済ますのも何様だろうし、何か言わないとな。
「あ、うん。こんにちは、綾華さんのところで世話になっている若宮です」
「ごきげんよう」
四人それぞれが丁寧にあいさつを返してくれたが、三人くらいは訝しげな視線を向けてきた。
一目でお嬢様って分かる女子グループ、おっさんの俺は明らかに場違いだ。
しばらく談笑が続いていたが、四人の内の一人が俺に横目を向けながら綾華に尋ねてきた。
「そういえば、綾華様と若宮様はどの様なご関係ですの?」
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