第8話 おっさん、綾華をデートに誘う

「若宮様、こちらのサラダが美味しいですのよ。それにローストビーフもお薦めですの」


 朝から色々な食事を俺の目の前へと取り分けて並べてくれる綾華。

 食べることが大好きな俺は出されたままにひたすら平らげて舌鼓をうつ。

 マジで美味いぞ、バラエティ豊富だぞ、朝から色々と食べられて幸せだぞ、このままだと更に太っちまう。


 昨夜、綾華に朝食を一緒に食べると伝えた結果がこれである。

 朝から食卓には種類豊富な料理が並び甲斐甲斐しく綾華が取り分けてくれる。

 脇に並んでいるメイドさんがやろうとしても、それを遮り取り分ける始末。


 桜庭さんは苦笑してみているが、メイドさんたちは自分たちの役割を綾華がしていることにより困惑気味だし、中に冷や汗を流して泣きそうなメイドさんもいた。

 

 うん、ごめんねメイドさん。


 通常の朝食は和洋中のルーチンなのだが、今回だけは俺の好みが分からないためバイキング形式にしたそうだ。


 とりあえず、好き嫌いないし美味しい料理ばかりなので、明日からは通常のご飯に戻してもらおう。


 上流階級のテーブルマナーが気になってはいたが、家族のみのご飯の時はテーブルマナーに五月蠅くしないのが総裁の方針らしい。


 実際、総裁と奥様は俺のために料理を取り分ける綾華を微笑ましく見守っている。

 メイドさんがいる時点で普通の朝食とは違うのだが、堅苦しくないのはありがたい。


「若宮様、お口に合いますか?」

「うん、どれも美味いよ。今までコンビニ弁当だった俺には勿体ないくらいだ」

「コンビニ弁当とは何ですの? わたくしも一回食べてみたいですわ」


 ……コンビニ弁当を知らないだと!?


 だが、考えれば当たり前か。

 コンビニ弁当は料理が出来ない人や、料理をする時間がない人向けの商品だ。

 料理人を抱えている四条家には、両方とも当てはまらないことだ。


 そんなお嬢様にコンビニ弁当なぞ勧めていいのだろうか?


 周りをこっそり見渡せばメイドたちは一様に険悪な視線を俺に向けてきたいた。

 どうやら、綾華になんてものを食べさせようとしてるだこの野郎ってとこかな。

 総裁と奥様を伺えば、苦笑を浮かべつつ頷いてたから世間勉強を兼ねて食べさせてごらんってところだろうか。


「き、機会があったらね」

「えぇ、お約束いたしましたわよ」


 ……機会があったとしても千円以上の高級コンビニ弁当にしよう。


 綾華に取り分けてもらった料理を全部食べ終わると食後のコーヒーが出されてきた。

 普段飲んでいるインスタントとは明らかに違う風味と苦み。


 旨い。


 コーヒーを味わいながらタイミングを伺う。

 良太は夕方に誘えと言っていたが、今日は土曜日で綾華の学校は休みだ。

 家族団らんで場も和んでいるし、この後で誘ってもいいだろう。


 しばらくして総裁と奥様が退出していくと、俺と綾香と片づけのメイドさんだけになった。


 言うなら今しかないが、上手く言えるだろうか。

 今までの恋愛では誘っても断られたばかりだった。

 若い頃は仲間内でのノリも手伝い勢いで出来たが、女性をデートに誘うなど十年以上ぶりだ。


 この機を逃して、廊下でわざわざ呼び止めてまで誘う勇気なんて俺にはない。


「綾華さん」

「はい、なんでございましょう?」

「あー、その、なんだ」


 胃が重い。


 今まで断られまくった悪夢が俺の中に甦ってくる。

 良太は綾華が即OKしてくれることを前提としているが現実はそんなに甘くないだろう。

 そんな前提が成り立っていれば、勝率ゼロなんてありえない。


 お情けですら付き合ってもらえなかった俺だ。


 思えば綾華との会話は出会いを除けば四条家の敷地内のみ。

 他人の目を気にしないで済む空間のみだった。

 二人きりの空間なら相手しか見えないが、一歩外に出れば嫌が応にも周囲の視線を感じるし気にする。

 他人に恋人を誇りたい奴ほど、家の中と外で恋人に対する態度が違うと聞くし、ダサい恋人にはあからさまに冷たい態度を取ると聞く。ましてや、一緒にお出かけする事すら嫌がるみたいだ。


 果たして綾華もそうでないと言い切れるだろうか?


 あぁ、なんだか喉が渇いた。


「あのな、その、今度、俺の洋服でも一緒に買いに行ってくれないかな?」

「えぇ、喜んでご一緒いたしますわ」


 言い切れたよ、まさかの二言返事で快諾。


 さっきまでの俺の苦悩は一体。


 にしてもやばいぞ、九分九厘、断られるだろうと思い全くのノープラン。

 買い物場所なんて調査もしていないし考えていなかった。


 俺がよく行くのはシモムラかウニクロ。


 でもお嬢様がそんなところ頃を喜ぶだろうか。

 俺が困っていると綾華の方が言葉を続けてきた。


「わたくしが若宮様のご洋服をコーディネートさせていただいてよろしいのですか?」

「えぇ、よろしいですよ」


 緊張のあまり変な言葉遣いになる俺にクスリと微笑み、綾華はしばし思案顔になった。


 にしても、まさか快諾してくれるとは思わなかった。


 綾華には恋愛フィルターがかかっているが、周りの目は冷静だ。いや、冷淡だ。

 綾華は絶世の美少女でセレブなお嬢様、上流階級でも上位の存在。

 そんな美少女の隣をこんなおっさんが歩けば、大抵の連中は、あからさまな侮蔑の視線を不釣り合いな俺に向けてくるだろう。


 ヤダなぁ、今からでもやっぱ無しと取り消そうかな。


「そうですわね、ではミッドランドタウンにでも参りましょうか。わたくしが友人たちと時々買い物をする場所ですの」


 待って、それって高確率で綾華様のご学友に出会うのでは?

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