第3話 おっさん、綾華と同居する
何故そうなる、総裁の考えが全然分からん。
普通は「娘を助けてくれた事には感謝しているが、治療が終わったら早く出てってくれ」じゃないのか?
「すいません、生意気いいますが理解できるように説明して貰えませんか?」
「そうか、キチンと話さないとだね。実は綾華より十二歳上の息子の正樹が半年前に事故で亡くなってね。それ以来、綾華は食事もロクに取れず、ずっと塞ぎこんでいたんだ。学校に通ってても授業や他の生徒たちとの会話も上の空だったらしい」
そう言えば、一時期ニュースになったな。
財閥の息子が交通事故で亡くなったって。
四条総裁の言葉は淡々としているけど、少し声が震えている。
「君が助けてくれた日に、綾華があの公園になんで居たのか綾華自身もよく分からないそうだ。多分、精神的に相当まいっていたんだと思う。そんな状態の娘が、ここ二日間は少し元気を取り戻していてね。先ほどの笑顔や娘が元気に話す姿なんて久しぶりのことだよ」
そういうことか。
公園や先程の「お兄様」って言葉は、彼女は俺に失った正樹さんを重ね合わせているんだ。
正樹さんへの依存心を俺への好意と勘違いしているんだろう。
代わりに、俺に側にいて欲しいと。
どうしようか。
美少女が好きかと言われれば、そりゃ好きだ。
昔からモテない俺の慰みは、オフの日のギャルゲー。
だが、リアル美少女にギャルゲー気分で接したら即逮捕。
イエスロリータ、ノータッチ。
美少女の側にいられるのは悪い気がしない。
でも、彼女の心情に配慮しつつ、立ち振る舞いに気をつけなきゃいけないんだろ。
そんな面倒くさい事は嫌だ。
ここは心を鬼にして断ろう、断ったところで俺にデメリット無いし。
再就職先の斡旋が無くなるかもしれないが、どうせ独り身だ。生活はどうにでもなる。
「事情は分かりました。ですが、お受けできません」
「何故だ。娘に不満があるのか? 仮に娘と結婚でも出来ようものなら、逆玉の輿になれるとか思わないのかね?」
「お金や地位のために結婚するとか好きじゃありません。そういうのはフィーリングで決めてます。それに付き合うとは考えてないです」
そう、今まで好きになるのは容姿など気にしないでフィーリングだった。
付き合いたいと思い告白もそれなりに頑張った。
だが、ことごとくフラれた。どんなに仲良くなれた子でもだ。
『話すのは楽しいが付き合うとかありえない』
『自分の姿を鏡で見たことある?』
『勘違いとかキモいから二度と話しかけないで』
告白するたびに心に傷を負った。こんな傷を負うならもう付き合うとか考えない。
どんなに好意を持って尽くしても三次元の女は裏切る。
その点、二次元は裏切らない。頑張れば頑張った分、癒してくれる。
四十歳になれば俺がどういう人種で周りからどう見られてるかなんて簡単に分かる。
こんな俺が超上流階級の女子高生と付き合うなんてありえない。
周りから好奇の眼で見られることなんて分りきっている。
二人で出掛ければ職質され、見物客からは嘲笑の的だ。
「娘ではフィーリングが合わないと?」
「そうは言っていません。ドタバタしててフィーリングが合う合わない以前の問題です」
「では、これからフィーリングが合う可能性はあるんだね?
「そ、それはそうですが」
「では、フィーリングを見極めるまででもいい。娘が卒業するまでの二年間半限定でもいい。頼む、側にいてやってくれないか」
四条総裁は立ち上がり、頭を深々と下げてきた。
だから、どんなに頼まれたって嫌なんだが。
無言でいる俺に対して、総裁は黙って頭を下げ続けた。
四十歳無職の男に頼み続けるなんて、超一流企業グループのトップらしからぬ態度だ。
娘を思う親の心ってやつかな。
ハァ、ここまで懇願されて頭を下げられて断ったら、後味が悪すぎる。
あー、もう、このまま断ってもどうせやることないし期間限定ならいいか。
その間に、次の就職先を考えとかないとな。
「分かりました。では二年半限定でお受けします」
「ありがとう。娘を助けてくれた上に、こんな厚かましい事を引き受けてくれて」
そう言って、四条総裁は俺の手を取ってきた。
大きくて温かい手だ。握ってくる力から、四条総裁の想いの強さを感じ取った。
「さっき、逆玉の輿になれると思わないかなどど、失礼な事を言ってすまない。正樹が亡くなってからと言うもの、私の後釜を狙ってくる輩やからが後を絶たなくてね」
「居るんですね、そういう人たちって。娘さんが落ち込まれて心配な時に、その人たちの対応までされ心中お察しします」
それに加えて総裁としての激務をこなすなんて、並大抵の精神力じゃ保たないよな。
心休まるはずの家庭も、彼女が塞ぎ込みの状態じゃ休めなかったろうに。
「では、一回アパートに戻っていいですか。仕事先からの荷物も受け取らなきゃいけないので」
「あぁ、そうしたら君のアパートの荷物は我が家に運ぶよう手配しよう」
「……えっと、おっしゃってる事がよく分かりません。なんでですか?」
「君には我が家に住んでもらいたい。失業したばかりで家賃の支払いに困るだろう。それに、その方が綾華も喜ぶ」
「いや、流石に住み込みってのは……」
「ゲストルームがいくつか空いていたな。桜庭、桜庭はいるか!!!」
四条総裁の呼びかけに、執事姿の初老の男性が入ってきた。
桜庭に引き続き、彼女と総裁の奥さんも入ってきた。
彼女は結論が気になるらしく、チラチラと俺の方を見ている。
「お呼びでしょうか旦那様」
「若宮君の住む部屋を用意してくれ。一番、大きい部屋でな」
「いや、ですから住み込みとは……」
「かしこまりました。至急、用意いたします」
だから、話を聞けって。
四条総裁の言葉に彼女は目を輝かせてるし、奥さんは微笑んでるし。
知らない男が家に住むんだから、少しは不安を持ちましょうよ奥さん。
「後、弁護士を呼んで若宮君の居た会社に向かわせてくれ。キチンと残業未払い分と退職金を支払わせるようにとな」
俺が驚く顔を向けると、四条総裁は申し訳無さそうな顔で頭を下げてきた。
予想した通り、俺の身辺は調査済みだったらしい。
「すまない、勝手に調べさせてもらった。治療や警察への連絡やらで必要な事だったんだ。君の会社にもキチンと連絡していればクビにはならずに済んだかもね。私の落ち度だ、申し訳ない」
「そう言えば、あの男はどうなったんですか。逃げられました?」
「いや、キッチリ捕まえて警察に突き出しておいた。だが、これは警察に内々に処理させておいた。君には申し訳ないが、表沙汰にすることが出来ない。私の社会的地位や、綾華の学校の評判などが関係していてね。本当に申し訳ない」
なるほど、四条グループの娘が学校を抜け出した挙句に刃物沙汰の事件に巻き込まれたなんて、大スキャンダルだもんな。
下手すりゃ、四条グループの株価大暴落で経済に悪影響だし、彼女が通う学校は上流階級の娘たちばかりだから、学校としても公に出来ないだろう。
「事情は分かりました。仕方ないですよ、気にしないでください」
「お詫びと言っては何だが、君を綾華の教育係りとして我が家で雇おう」
「ちょ、待ってください、無理です。お嬢様向けの教育なんて出来ません」
「何も礼儀作法を教えてくれと言っているわけでは無いよ。娘は少し世間に疎いところがあってね。娘に世間を教えて欲しい。社会人経験もあり、良識的な君であれば安心して任せられる」
世間っていってもな、どないしろと。
第一、世間を教える教育係って、当人と常に一緒にいないと教えられないんじないのか?
ん、常に一緒?
だから、四条家に住み込みになれと?
なんか、いやに手際というかトントン拍子すぎないか?
訝しげに四条総裁を見ると、ニヤリとされた。どこから計算していたんだこの人は。
第一、付きまとわれる事になる彼女の身にもなれよ。
「いくらなんでも、教育係となると常に一緒にいることなります。流石にお嬢様のお気持ちが」
「大丈夫ですわ! むしろこちらからお願いしたいくらいですの。それに私の事は綾華とお呼びください」
彼女は丁寧にスカートの裾をつまみながら、ひざを軽く曲げて頭を下げてきた。
……ヤブヘビだった。
こりゃ、完全に逃げ道無しだな。
「分かりました。お言葉に甘えます」
「おぉ、そうか。では、色々と準備させよう」
四条総裁が立ち上がり扉に向かう。先に奥さんと執事が出ていった。
彼女も立ち上がりかけた時、四条総裁が思い出したように向き直ってきた。
「あぁ、もしフィーリングが合えば、娘を本当に嫁にもらってくれても構わない。私は君が気に入った」
思わぬ言葉にベットの上で固まる俺。
首だけ回して彼女を見ると中腰のまま固まり、耳まで真っ赤だった。
そんな俺たちの様子を尻目に四条総裁は笑いながら出ていった。
初対面の印象と全然違うじゃないか狸親父め。
仕事とプライベートを使い分けるタイプだな。
総裁が出ていった扉を軽く睨んでると、彼女が立ち上がり俺の方を向いてきた。
顔を赤らめながら、腰の前で両手の指をもじもじさせている。
思い切ったように頭を下げて言ってくる。
「あの、ふつつか者ですが、これからよろしくお願いいたします」
違う、そうじゃない。
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