第2話 おっさん、戸惑う
はい? それはどういう意味でしょうか。
まるで、出来ちゃった婚の責任を取る男の台詞。
思わずあっけにとられる俺を尻目に彼女は一人で納得している。
どう突っ込んでいいか迷っていると、ドアがノックされた。
「お入りになって」
彼女が返事をすると、高そうなスーツと和服を着た中年の男女が入ってきた。
スーツ姿の男性の方には見覚えがある。TVで時々みる四条総裁だ。
と、言うことは隣の和服の女性は四条総裁の奥さんだろう。
思わず、姿勢を正そうとしたが左足の太ももが痛んだ。チャラ男に刺された箇所だ。
「あぁ、そのままの姿勢でいてください」
男性が微笑みながら少し低めのダンディな声で止めてきた。
四条グループの総裁というから威圧感のある人かと思ったが全然違う。
相手を包み込むかのような雰囲気で安心感がある。
「この度は、娘を救ってくれてありがとうございます。怪我をさせてしまって本当に申し訳ない。治療費や足のリハビリ代などは、当家が責任をもって負担します」
そう言い、俺なんかに向かって深々と頭を下げてきた。奥さんと彼女あやかも同じように下げてきた。
日本有数のグループ企業の社長家族に揃って、こういう態度を取られると逆に居心地が悪い。
「頭を上げてください。俺は大したことしていません。むしろ、こちらこそ、お世話になってしまい申し訳ありません」
「いや、娘から経緯は聞いています。周りの大人たちが見知らぬフリで去っていく中、君だけが助けてくれたと。それにナイフを持った相手に怯むことなく、娘をかばってくれたと。君が居なければ、娘がどうなっていたことか。本当に感謝していている」
……なんだろう、若干良心がいたむ。
でも、さすがにあの場面で彼女を見捨てたら人間として終わる気がしたし。
「娘に聞いたところ、会社をクビになってしまったとか。再就職先も責任を持って紹介しましょう。どこか希望の会社はありますか」
「お父様、それについてはわたくしに考えがありますの」
彼女が笑顔で四条総裁へ話しかけた。
待て、さっきの台詞を言うつもりか?
「わたくし、若宮様の人生をお世話差し上げたいの」
先程より具体性のある発言に、四条総裁が固まった。
そりゃ、そうだろう。大事な高校生の娘がいきなり妻になりますとも取れる言葉を口にしたんだ。
相手は恩人とは言え、素性の知らない男。
いや、太ももを治療して家に泊めている以上、俺の素性はとっくに調べられているかもしれない。
病院で治療したなら健康保険証が必要だったろうし。
四条グループの力をもってすれば、大した経歴のない俺なんてすぐに分かるだろう。
もし、仮に素性に問題ないと判断されても、父親として娘の発言を平然としては受け止められないだろう。
しかも、相手がこんな禿散らかし気味で肥満体型の四十歳のおっさんだ。
奥さんはどうなのだろうとみてみると、何やら目をキラキラさせていた。あらあらまあまあ、という顔だ。
いや、そこは総裁と一緒に心配すべきでしょう奥さん。
四条総裁は引きつり笑顔のまま彼女へ向き直る。
「綾華、ちょっと部屋の外で話そうか。すまない、ちょっと待っててくれるかな」
俺はお構いなくと言い、三人が部屋の外へ出ていくのを見届けた。
とりあえず、自分の状況を確認しとこう。
左足の太ももを見てみると包帯が巻かれていた。
軽く動かそうとするとやはり痛い。
しばらくは松葉杖か。
一応、会社に電話しとくか。
いくら何でもメールだけでクビってことは無いだろう。
上司の気が変わってれば、四条総裁の頭痛の種も取れるわけだし。
三回ほどのコール音の後に会社に繋がった。
「お疲れ様です。若宮です」
『ガチャッ、ツーツーツー』
うわぁ、あからさまだな。こりゃ、マジでクビか。
念のため、後輩にメールを送るとすぐに返事がきた。
曰く、上司は怒り心頭で朝礼で俺はクビと周知したということ。
既にデスクの私物も自宅のアパートに送られたらしい。
無断欠勤二日だけでここまでするか普通。
弁解したところでクビが取り消されることは無さそうだ。
もし、取り消しされたとしても居づらいだけか。
新卒で入社し、二十年間勤めた会社。
毎日深夜に家について早朝出勤。
辛さの中にやりがいを見出し、成長を実感できる時もあり嬉しさもあった。
ブラック企業だったが、クビになると胸に穴が空いた様な虚しさがあるな。
いつの間にか立派な社畜になっていたらしい。
ふぅ、タバコを吸いたい。
いつもの癖で左胸に手を伸ばしたが、そこに胸ポケットはなく右手が空を切った。
あぁ、そうか。バスローブ姿だったっけ。
思わず、苦笑いが漏らしたタイミングで、部屋がノックされた。
「どうぞ」
四条総裁が一人だけで入ってきた。
他の二人が入ってこないということは、男二人っきりで話し合いたいということなんだろう。
複雑な表情でベットの傍に立つと、言葉を選ぶ様に聞いてくる。
「若宮さん、先ほどは失礼した。少し伺いたいことがある。長くなるがよろしいか」
「構いません。というか、お座りください」
先ほどまで彼女が座っていた椅子を勧めた。
客の俺が、家の主に椅子を勧めるというのも変な感じだ。
四条総裁は軽く礼を言いながら腰かけた。
「単刀直入に聞こう。君は綾華をどう思う?」
「綺麗なお嬢様だと思います。学校卒業後は、各業界の御曹司から沢山アプローチされそうですよね」
「いや、そういうことを聞いているんじゃない。君は男性として、綾華を好きかということだ」
いや、いきなり好きかって言われても、彼女とは会って一時間も経っていないし会話も数回だ。
確かに彼女は美少女で素敵だが、それはアイドルや女優を見て思うの一緒だし。
さっき、抱き着かれてドキドキしたのは事実だが、美少女に抱き着かれれば、男なら恋愛感情なしにドキドキするだろう多分。
「待ってください。綾華さんとは会って一時間も経ってませんし、性格もよく知りません。その状態で好きになるとかあり得ません。第一、年も離れすぎですし、こんなおっさんが恋愛対象になるはずがないでしょう」
「意識を無くしてしまっていた君にとっては一時間かもしれないな。だが、綾華は二日間、君に付きっきりだった。食事と寝る以外は君を看ると言って聞かなかった」
「今日、金曜日ですよね? 食事と寝る以外って学校はどうされたんですか?」
「……休んだ。普段なら許さないのだが、言っても聞かなくてね。こんな事は初めてだよ」
「……それは、なんというかすいません」
俺が謝ることでもないのだが、自然と謝ってしまうのは日本人の悲しい習性だろうか。
だが、四条総裁と話して状況が分かってきた。
多分、俺は彼女に好意を持たれている。
その対応に苦慮しているということだろう。
「なんとなく、状況は分かりました。ですが、理由が分かりません。なんで私なんですか」
「年端もいかない女の子が、体を張って守ってくれた男性に恋をする。ありがちなパターンだが、今回のような事態なら尚更じゃないかね」
「そういうもんですか。それで私は綾華さんを傷つけないように遠ざかればいいんですね?」
「いや、逆だ。君にはこのまま綾華を支えて欲しい」
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