第253話 乃愛の不満②

「この先当たる可能性があるのが、星空学園、岡山文学館、皐月女子。そんな試合で雲ヶ丘さんを使ってしまえば1回も持たないだろうし、そうなってくると、それらの学校に比べて打線が劣るうちの学校なら雲ヶ丘さんでも打者1巡する3イニングくらいまでは試合は作れるのではないだろうか、きっとそんな考えがあったのだろうと思うわ」


大きなため息をついてから、乃愛が静かに、だけど力強く呟いた。


「まあ、随分と舐められたものよね」


後輩が不安そうに乃愛のことを見つめながら尋ねる。


「乃愛さん怒ってます?」


「ええ、もちろん。随分とわたしたちのことを下に見てくれているみたいね」


その微笑みに気品があり過ぎて、一瞬チームメイトからは怒りを肯定した顔には見えなかった。その言葉の内容と優雅な表情との乖離が激しくて、乃愛にこれ以上チームメイトは話しかけることはできなかった。


とはいえ、乃愛が本当に怒っている理由はチームメイトの思っているようなことではない。もちろん、明らかに湊由里香よりも能力が数段階落ちる雲ヶ丘凄美恋を先発で投げさせるということに腹が立たなかったと言えば嘘になるが、別にそのくらいのことはトーナメントを勝ち抜かなければならない高校野球においてはよくあることだ。


むしろ、湊由里香がでてくるよりも攻略しやすいのだからありがたくそのチャンスを活かすべきである。チームメイトには舐めプされていると認識させたほうが士気が上がりそうだからそう伝えただけで、乃愛が怒っているのはそこではない。


「どうして野球部が無かったはずの学校に野球部ができた上に、実力者の湊さんや雲ヶ丘さんまでいるのかしらねぇ……」


誰にも聞こえないような小さな声で呟きながら乃愛は右手をグッと握りしめ、桜風学園のベンチを睨みつけた。

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